名古屋工業大学技術倫理研究会編
「技術倫理研究」第5号(2008)pp.85-98

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三つの小さな不正行為

Scientific misconduct by ordinary researchers

市村正也


1 はじめに

 研究者の不正行為についてはすでに何冊も本が出版されていますし、雑誌、学会誌などの記事もたくさんあります。それらの書物や記事の中では、科学界全体、あるいはそれにとどまらず社会全体をも揺るがすような大事件が詳しく紹介され、分析が加えられています。韓国でのES細胞をめぐるねつ造事件や、米国のベル研を舞台にした有機物超伝導体についてのねつ造事件はそのような大事件の例です。日本では、旧石器発掘のねつ造という大事件がありました。そこまで大事件ではなくても、学会で画期的と言われた成果がねつ造であったり、多額の助成金を受けた研究で不正が行われたりして、新聞に大きく取り上げられたケースがいくつもありました。そのようは不正行為はたいてい、名声を得るため、優れた研究機関の職を得るため、あるいは高額な研究助成金を得るために行われています。ご存じのように、研究者の社会は競争の社会です。発明者や発見者としての名声は、一番乗りをした人だけが手にすることができます。そのため、研究者は一刻も早く成果を世の中に出そうとします。また、職を得るときは公募などによる選考の過程があり、そこで競争相手より優れていると認められなければなりません。研究費を手に入れるためには、申請書を書いてその審査において他より優れているという評価を勝ち取る必要があります。もし恵まれた研究環境の職を得ることができれば、また、もし高額な研究資金をもらうことができれば、それによっていっそう優れた研究業績を上げ、次の競争も勝ち抜いて行くことができるでしょう。しかし、競争に破れ、研究設備も研究費もろくにない状況におかれてしまったら、研究業績をあげるのは難しく、次の競争に勝つのはますます困難になります。だから、研究者は名声や恵まれた環境のポストや研究費を何とかして手に入れたいと常に心から願っています。事件として取り上げられるような不正行為に手を染めてしまった人は、不正行為によってそれらが手に入るという誘惑に負けてしまったと言うことができるでしょう。
 この文章では、そのような大事件として扱われた不正行為とは違う、いわば「小さな」不正行為を紹介します。これらの不正行為は、世間の注目が届いていない研究を舞台にして行われます。そこでは大きな研究費が動いていたわけではなく、高価な設備が使われたわけでもなく、また仮にその不正行為がばれずにうまくいったとしても、それで関係者に輝かしい名誉や恵まれた地位や大きな収入がもたらされたとは考えにくい。逆にいうと、それらの不正行為は、おそらく世の中にさほど大きな損害を与えるものではなかったと思われます。そう考えると、そのような「小さな不正行為」のことをあえて取り上げる意味があるのかどうか、少し不安になります。ただ、研究者の倫理を考える上では、「小さな不正行為」だから倫理的な問題も小さいと言うことはできないだろうと考えています。
 以下では三つの不正行為を取り上げます。一つ目の不正行為をおかしてしまったのは大学院の学生、二つ目は海外の大学の学生、そして三つ目は研究室の教授です。


2 三つの不正行為

2-1 一つ目のケース:修士課程の学生

 A君は大学院修士課程の学生だった。勉強熱心、研究熱心とは言えないが、研究について教員が指示を出せば無視してさぼることもなく言われた通りにやる。そこそこに勉強をして、サークル活動など楽しむことは楽しんで、学生時代を過ごしてきた。ひとことで言えば、ごく普通の学生だった。
 修士課程でA君はある特殊な電子材料について研究していた。その材料に長時間の加熱処理を加えると、試料内部の性質に顕著な変化があらわれる。そこで、色々な条件で加熱処理をして内部の性質を測定し、変化の原因を突き止め、また変化の仕方を人為的にコントロールする方法を見い出す。これが彼の研究課題だった。そして、二年間の研究でA君はほどほどに興味深いデータをいくつか得て、二月はじめに修士論文を提出、その約十日後に修士論文発表会を無事終えた。たいがいの修士二年生はそのあと卒業旅行などに出かけて大学にあまり出てこなくなるが、A君も研究室に姿を見せないようになった。
 発表会の数日後、その研究室の助教授B氏が、国内で開かれる小さな研究会での発表のために資料作りをしていた。その研究会では、A君が研究していた電子材料についての、グループ全体の研究成果をB氏が報告することになっていた。そこでB氏は、発表資料作成のために、A君から修論発表会での図面のエクセルファイルを渡してもらった。A君は試料に色々な条件で加熱処理を加えて特性の変化を調べていたが、そのデータをあらためて見直して、B氏はある条件の処理と別の条件の処理が非常によく似た変化を引き起こしていることに気がついた。そこでB氏は、その二つの測定データを一つのグラフに表示したら比較しやすいだろうと考え、片方のデータをコピーしてもう一つのエクセルファイルにコピーし、グラフに表示させた。ところが、グラフを見るとそのコピーしたはずのデータ点が現れていない。B氏は自分が何か操作ミスをしてしまったのだと思い、もう一度コピー・アンド・ペーストを繰り返した。それでも、データはグラフに現れなかった。たしかにデータをコピーしたのに、そしてそれをグラフに表示させたはずなのに、なぜ現れないのだろう。B氏は不思議に思い、あらためてデータシートを見直して、すぐにその理由を理解した。グラフに表示させた二つのデータ系列はまったく同じものだった。そのため、すべてのデータの点が完全に重なり、グラフには一つのデータ系列しか表示されていないように見えていたのだ。もしかしたら、コピーするときにあやまって二重にコピーし、もともとあった方のデータを消してしまったのかもしれない、とB氏は考えた。
 しかし、A君から受け取ったファイルを調べ直して、またA君が発表のときに使った図面を見直して、B氏は自分が操作ミスをしたのではないことを確認した。もともとその二つのデータは同じものだった。A君は、二つの異なる試料に対して、一つのデータを使い回していたのだ。その二つの試料については、同じような測定結果になるだろうと予想することはできた。つまり、似た結果になれば全体のデータをまとめて説明しやすくなると考えられた。しかしもちろん、その二つの試料は異なる処理を施された別の試料であり、まったく同じ測定結果になることはありえなかった。(そもそも、同じ試料を二度測っても、データが完全に一致することはない)
 B氏は不安になってA君の修士論文のすべての図面を見直した。すると、他にも二組、計三組のまったく同じデータが見つかった。そのいずれもが、これとこれの測定結果が似ていたら説明がしやすい、と考えられる試料の組み合わせだった。A君が意図的にデータを使い回していたことは明らかだった。
 B氏はA君の携帯に電話をかけた。A君はこのとき友人たちとスキーツアーに出かけていて、一日中滑ったあと宿でにぎやかに飲んでいるところだった。A君は明るい調子で電話にでたが、B氏が実験データの話しを持ち出すと、とたんに不機嫌な口調になった。そしてデータの重複を指摘されると、いったんは「そんなことはないはず」と否定した。しかし、どのデータとどのデータが同じかを詳しく言い当てられると、あきらめてもう否定はしなかった。B氏は「明日すぐに帰ってきて大学に来るように」とA君に言った。それに対しA君は、ツアーは始まったばかりであと二日あるのですぐには帰れない、というようなことを言った。その言葉にB氏は腹をたて
「君の修論の審査報告書にはハンコがまだ押されていないんだ。卒業したかったら明日大学に出てこい」
と言って電話を切った。
 電話のあと、B氏はA君の指導教員である研究室のC教授にこの事態を報告した。そして翌日の夕方、A君は大学に現れた。彼はC教授のまえで反省した様子でデータを使い回したことを詫び、その後、可能な限り追加の実験をして、欠けていたデータ、つまり他のデータをコピーして埋め合わせていた分のデータを取り直した。また、経緯を書き記した反省文を書いた。そこには、忙しかったため実際に実験をせず、他の、たぶん同じような結果になるだろうと思われる試料のデータをコピーして使ってしまったことが、正直に書かれていた。
 A君はある企業に就職が決まっていたが、その企業では電子材料の基礎的な研究にたずさわる可能性はなく、A君自身もそれを望んではいなかった。つまりA君は電子材料の研究者になるつもりはなかった。したがって、データの偽造によって彼が得ようとしたものは、研究者としての地位や名誉などではない。せいぜい、修士論文や発表の見栄えがよくなるという程度のことだった。あるいはもっと単純に、少し楽ができる、というだけのことだった。
 B氏は研究会のあと例年のように実験レポートと試験答案の採点に追われていた。採点の時はいつも、他人のレポートの丸写しではないかと思われるレポートや、カニングが疑われるような答案が見つかる。A君がレポートの丸写しやカニングをしたことがあるかどうかは別にして、おそらく彼はそれと同じような感覚であのデータの使い回しをしてしまったのではないか、とB氏は思った。しかし、試験のカニングはそのひと個人の評価に影響するだけだが、研究での不正行為はその影響が外に広がって行く。もしあのときデータの重複に気づかなかったら、A君によって偽造されたデータは研究会で発表され、また論文等の印刷物となって人の目に触れることになっただろう。そして、それを見た同じ分野の研究者の考え方になにがしかの影響を与えたかもしれない。自分だけに関わることなら不正をやっていいわけではないにしても、A君の場合は、外の世界と関わっているという感覚の欠如が不正行為に対する心理的なバリアーを低くしてしまったのではないか。そうB氏は考えた。
 B氏はA君が犯した行為を研究室のメンバー全員にメールで知らせた。A君にとっては少しきびしい仕打ちかもしれないとは感じたものの、同じようなことを他の学生には絶対にしてほしくないという思いから、B氏はそうすることに決めた。A君はその後、卒業式の日も、研究室には姿を見せなかった。

2-2 二つ目のケース:海外の大学との共同研究で

 大学の助教授であるD氏は、ある発展途上国のX大学の研究グループと共同で研究をしていた。D氏が簡単な装置で無機材料を合成する技術を数年前に開発し発表したところ、X大学のグループがその技術に興味を持ち、相互の交流が始まった。X大学の研究者がD氏の研究室を訪れ、またD氏もX大学を訪問して共同研究の計画を議論し、そしてX大学でもD氏の技術を使って材料の作製を始めることになった。ただ、試料は簡単な装置で合成できても、それを評価するための装置がX大学には十分になかった。そこでX大学からD氏へ試料を送り、D氏のグループがいくつかの評価測定をすることになった。
 X大学ではY君という博士課程の学生が試料作製をしていた。あるとき、そのY君からD氏のもとへ試料が送られてきた。D氏は、研究室の修士課程の学生E君に頼んで、試料がどのような物質で構成されているかを調べるための二種類の測定をしてもらった。その結果はあまりよいものではなかった。一つの測定では、合成しようとしている物質には本来含まれていない元素、つまり不純物が大量に含まれていることを示す信号が現れていた。またもう一つの測定では、原子と原子が望んだようには結合していないことを示すピークが現れていた。実はD氏も少し違う物質を作ろうとして、同様な結果を得たことがあった。やはりこの問題が生じたか、とD氏は思った。D氏は「合成の際の条件を見直す必要がある」という簡単なコメントをつけて、測定データをX大学に送った。
 それから何ヶ月かが経ち、Y君が第一著者になっている論文の原稿が電子メールでD氏に送られてきた。学術雑誌に投稿するために用意されたもので、論文の共著者にはD氏も加えられていた。D氏はその原稿をざっとながめ、送ったデータのグラフが何枚か含まれているのを見て、測定をしてくれた研究室のE君にも原稿のファイルを渡した。それから、他に仕事があったためその原稿をていねいに読むのは後回しにし、結局その日は読まずに帰宅した。
 翌日の朝、E君が少し慌てた様子でD氏の部屋にやってきた。
「X大の論文ですが、こっちから送ったデータが変えられています」
言われて見てみると、たしかに論文原稿のグラフはD氏の手許にある測定結果とは異なっていた。一つのグラフでは、もとのデータにあった不純物の大きな信号がまったく消されていた。またもう一つのグラフでも、合成したい物質とは違う物質によるピークがきれいに無くなっていた。どちらも、消えてしまった信号以外の部分は送ったデータと完全に一致しており、別途取り直したデータではないのは明らかだった。そう思ってさらによく見ると、グラフの曲線の、消えた信号があった場所には、データを継ぎはぎしたつなぎ目があった。D氏が送ったデータが改ざんされてしまったのは明らかだった。
 改ざんで消されてしまった信号は、作製した試料の質がよくないことを示す、いわば都合のわるい信号だった。改ざんせずに論文を学術雑誌に投稿したら、査読者はそのような質のわるい物質しか合成できない技術には価値はないと考え、論文の掲載を拒絶する可能性がある。Y君は博士課程の学生であり、博士号をとるためには、学術雑誌に論文をいくつか発表しなければならない。確実に審査をパスして論文が出版されるように、データを改ざんしてしまったのだろうとD氏は考えた。
「それにしても、改ざんしたデータを、第三者ならともかく、そのデータを測定した当の本人のもとへ送ってくるとは、このY君はいったいどういう神経の持ち主なんでしょうね」
E君がD氏に言った。まったくその通りだった。ただ、論文原稿もそれから測定データも、実はD氏が直接Y君とやり取りしたのではなく、Y君の指導教員であるZ氏とやり取りをしていた。Z氏は指導教員として当然論文原稿をチェックしていたはずだ。Z氏はたくさんの大学院生を指導しているから、個々のデータ全てを記憶することは困難なはずで、データの改ざんを見落としてしまう可能性はたしかにある。しかし、論文あるいは研究の価値を大きく左右するようなデータが決定的に変えられたら、気づかない方が不思議だ。
 もしかしたら、都合のわるいデータは改ざんするように、指導教員Z氏がY君に指示をしたのではないか。向こうの研究室では、論文作成にあたりそのような改ざんをするのが当たり前と考えられていて、それでこちらも改ざんすることに異存はないはずだと考えて、作り替えたデータを送ってきたのではないか。D氏とE君はそのような想像までした。
 D氏はデータ改ざんのことをメールでZ氏に伝えた。するとZ氏からは、データは論文作成の過程で何かのはずみでおかしくなったのであり意図的に変えられたものではない、というような返事が来た。実際は、改ざんは明らかに意図的である。D氏は、Z氏が改ざんに関与していたのではないかとの疑いを逆に強くした。
 論文原稿のやり取りの約一カ月後、D氏はX大学で開かれた学会に参加した。その学会はZ氏を含むX大学の研究グループが主催したもので、もちろんZ氏もY君も参加していた。D氏は、まずZ氏と話す機会を持った。Z氏はいつものように最近の自分の研究成果をいくつもD氏に紹介し、一方のD氏はもっぱら聞き役だった。D氏が論文のデータことを持ち出すと、Z氏は
「エラーを指摘してくれてありがとう。エラーは全部直してもう学術雑誌○○に投稿した」
とだけ言いった。Z氏がデータの改ざんに関与した確証があるわけではないので、D氏はそれ以上改ざんの件を話題にするのは避けた。
 次にD氏はY君を見つけ、二人で学会会場を離れて大学の食堂へ行った。D氏は二人分のコーヒーを買おうとしたが、Y君はそれを制して自分でコーヒーを買った。二人は、ひと気のない広い食堂のプラスチック製の椅子に座って、コーヒーを飲みながら話し始めた。研究の技術的なことをしばらく議論したあと、D氏はデータの改ざんのことを話題にした。何のために研究をしているのか考えなさい、論文を書くために研究をしているのではない、あんなことは二度としてはいけない。D氏がそう言うと、Y君はただ黙ってうなずいた。
 帰国後、D氏はY君を文部科学省の研究留学生として招く準備を始めた。Y君を招くことは論文原稿のやり取りの前から考えていたのだが、その後にデータ改ざんの件があってD氏は迷った。あのような不正行為をはたらく学生を招くのではなく、代わりに他の学生を招いた方がよいのではないか、とも考えた。しかし最終的には、あのような行為をしてしまった学生だからこそ、こちらに招いた方がいいのではないかとD氏は考えた。
 幸いD氏の申請は認められ、約半年後にY君は研究留学生として来日、それから一年半のあいだD氏の研究室で研究をした。その間、Y君は大いに活躍した。D氏のグループはその簡単な材料作製手法を使ってある電子素子を作る研究をしていたが、Y君はその素子の性能の研究室内記録を大きく塗り替えた。またY君は素直で明るく社交的な性格の持ち主で、まわりの日本人学生たちとも非常に親しくなった。
 Y君が日本に来て一年ぐらい経ったころ、夜、かなり遅い時刻に、実験室にいるY君からD氏に内線電話がかかってきた。いい素子ができたので見に来てほしい、とY君は言った。D氏が別の建物にある測定室に出向くと、Y君はD氏の目の前で電源のスイッチを入れて、自分の作った素子を動作させた。測定器に表示されたデータは、たしかにそれがD氏の研究室で作られた中では最高級に性能のよい素子であることを示していた。
 D氏はY君がわざわざ自分を実験室に呼んだ理由を理解した。そしてY君に「ありがとう」と声をかけた。

2-3 三つ目のケース:研究室の教授

 N教授はある特殊な材料処理技術の研究をしていた。試料にその処理を施すと試料表面の性質を大きく変えることができる。そういう内容の論文を数多く発表していた。その処理技術は十数年前にN教授自身が発明したもので、以来N教授の研究活動はその技術に関するテーマに集中していた。
 G氏は約一年半前にN教授の研究室に助手として加わった。N教授とその処理技術については、G氏は学生だったころから学会発表や論文を通してたびたび見聞きしており、興味深い技術だと感じていた。博士課程を終えてN教授の研究室の助手として就職が決まったとき、G氏は自分がその処理技術の研究に携わることを当然予想し、またそれを楽しみにもしていた。
 実際、実験データに現れたその処理の効果は画期的なものであり、G氏も最初のうちはその研究が興味深く、面白く感じた。しかし、研究を始めて半年ぐらい経ったころから、G氏は少しずつその処理の効果に疑問を持つようになった。この研究で使う評価手法は、注意深く条件を設定しないと見せかけの信号が出てしまうという問題があり、これまでの実験でその見せかけの信号を取り除くことができているかどうか、確証が持てなかった。研究室の卒業生の中にも、その問題に気づいていた者がいることもわかった。学生の部屋に置かれていた、ある卒業生の修士論文のコピーには、大学に提出された原本にはない「あとがき」がつけられていて、その中には、観測された信号は見せかけのものにすぎないというきびしい調子の批判が書かれていた。
 この問題を早くはっきりさせなければいけないとG氏は考え、研究室の修士課程の学生F君と相談して次のような比較実験を行うことにした。その処理が行われるとき、試料はお湯の中に置かれている。そこで、試料を処理するときと同じ温度のお湯の中に入れて放置、処理にかかる時間だけ待って取り出して、同じ測定を行う。その結果を見れば、処理に本当に効果があるのかがはっきりするはずだ。
 F君はその比較実験を実施した。そして、お湯につけただけの試料で、処理をした試料で観測されたのとほとんど同じ測定結果が得られた。
 F君が測定を終えて研究室に戻ってきたとき、G氏は外出して不在だった。そこでF君はひとりで結果をN教授に報告にいった。N教授はF君に激しく怒った。自分の研究がこれまでどれだけ大きな成果をあげてきたか、そして自分が開発したその処理がいかに画期的であるかを力説し、それを疑うような実験を考えたこと自体を非難した。「おまえは私の足を引っ張るのか」という言葉もでた。N教授は、普段はむしろ気の弱そうな物腰の人物だが、ひとたび怒り出すと、特にそれが研究のことだと、非常に激高し、手を盛んに振り回しながら、大声で威圧的で相手にまったく話す機会を与えないような話し方をする。F君は一言も言い返すことができず、一方的に怒鳴られて教授室を出てきた。
 F君から翌日にその話しを聞いたG氏は、憤りを感じ、すぐにN教授の部屋をたずねていった。G氏はデータを机の上にあらためて広げて見せながらこう言った。処理をしても、しなくても、ほとんど同じ結果が得られた。したがって、処理は実際には効果がなく、効果があるように見えているのは測定に問題があるためだ。G氏は、G氏にとって当然の論理を主張した。しかしN教授は次のような主張をした。処理に効果があることは今までの研究で証明されている、今回の結果は測定に問題があったためだ。それに対しG氏は、過去の測定にも問題があったかもしれないのだから、これまでの研究結果をもとに処理に効果があると主張することはできないはずだ、と反論した。しかしN教授は、過去の測定結果は正しく、今回の測定結果が間違っている、と言った。なぜ過去のが正しく、今回のだけが間違っていると言えるのか、とG氏は問うた。それはこれまでの研究の積み重ねで処理に効果があることが証明されているからだ、とN教授は答えた。
 このようなやりとりを二人は長時間交わした。そしてついに、話しの通じない相手に対してG氏の神経が耐えきれなくなった。
「もうこんなことはやってられません」
G氏はそう言い残し、N教授の部屋を出て行った。
 その後、G氏はその処理の研究に関わることをやめた。学生たちと議論することはあっても、N教授と議論することは無くなった。そしてその状態は約五年後にN教授が停年で辞めるまで続いた。
 G氏はそのような結末に納得も満足もしていなかった。これでは、あの処理に本当に効果があるのかないのか、決着がつかずじまいだ。F君がやった実験は処理の効果を疑わせるものだが、しかしN教授の言うように、そのときはたまたま測定の仕方がわるく見せかけの信号が出てしまったのであり、他の実験では処理の効果で信号が出ていたのかもしれない。信号が見せかけの信号であることを疑いなく証明するには、処理をした試料とお湯につけただけの試料を、同じ日に続けて同じ設定で測定する、それを繰り返す、といった慎重な実験が必要だ。それがなされていない以上、処理に効果がないことが証明されたわけではなく、N教授が発表してきたデータが間違っていると断言できるわけではない。
 しかしG氏にとって、そのような比較実験を行うことは容易ではなかった。このとき大学は講座制であり、予算も学生も研究室単位でついていた。したがって、その気になれば教授は助手に予算も学生もまわさないようにすることができた。したがって、N教授との関係をこれ以上悪化させたら、研究活動を続けることができなくなる恐れがあった。また、学生の協力も期待することはできなかった。教授に怒鳴られることがわかっていて、修士論文にも結果を書くことができないような実験をあえてやる学生はいない。G氏としても、教授に怒鳴られたF君に実験を続けるよう指示する気にはならなかったし、指示したとしてもF君は従いはしなかっただろう。
 どのみち他人の研究なのだから、そのようなことにエネルギーを使うより自分の研究に集中した方がいい。G氏はそう考えて、N教授の研究のことを意識の外に置くようにした。それが研究者として正しくないことはG氏も十分わかっていた。真実を明らかにするために比較実験を行い、場合によってはその比較実験によって得たデータを学会などの場で発表して、他の研究者に知らせるべきだ。しかしそうは思っても、比較実験を実行することはG氏にとって精神的に荷が重すぎた。
 一方のN教授は、その後も何ごともなかったかのように研究を続けていった。毎年数名の大学院学生、卒研生がその処理の研究を行い、国際会議などではN教授自身が研究発表をし、学術雑誌へいくつもの論文が投稿された。G氏は、その自信に満ちた様子を見ていて、N教授は自分がなにか問題のある行為をしたとは少しも考えていないのだと感じた。そして二人の議論がかみ合わなかった理由がわかったような気がした。
 N教授と議論しているとき、なぜこんなに単純で明白な論理がわかってもらえないのだろうと自分はいらだった。しかしN教授にとって、あの処理に効果があるということは、実験で検証すべき仮説ではなく、疑いの余地のない真実であり議論の大前提だった。だからN教授の方も、同じようにこちらに対していらだっていたのだ。処理に効果があるのは真実である。したがって、実験結果がそうなっていないときは実験がおかしいのだ。こんな単純な論理を、なぜこの助手は理解できないのだろう。
 N教授はあの処理の研究に自分の人生をかけている、そういう人の考えを変えることは簡単にできるものではない、とG氏は思った。

 それから約二十年がたった。今はG氏が教授になっている。G氏は約十年前に光を使った独自の材料合成技術を開発し、それ以降ずっとその研究を行ってきた。その技術は華々しい成功をおさめたとは言えないが、それでも当該分野ではいくらかの関心を集め、同業者の間ではG氏はその技術の開発者として知られるようになった。
 ある日、G氏の学生がデータを持ってG氏の部屋を訪れる。そしてデータを見せながらこう言う。
「薬品をまぜただけで何もしなかったのですが、それでも合成することができたみたいです」
学生が持ってきたデータを見ると、たしかに合成された物質による信号が現れている。「本当になにもしなかったのか」とG氏が確認し、「はい」と学生が答える。
「わかった。ちょっと考えさせてくれ。また後で議論しよう」
G氏はそう言い、学生は部屋を出て行く。
 それからG氏はひとりデータを見ながら考え込む。自分のやってきた研究は間違っていたのかもしれない。この認識はG氏にとってきわめて深刻で衝撃的なものだ。G氏は、これまで研究に費やされてきた時間とエネルギーを思う。研究成果を色々な場でいくども発表してきたという現実を思う。そして、学生の報告を否定し自分の技術の価値を守る方策は何かないかと考える。
 しかし、やがてG氏は、学生の報告がもたらした認識をゆっくりと受け入れていく。
 本当は、こういうことがいつか起きるのではないかと、自分はしばらく前から予感し恐れていたのではないだろうか。
 G氏は、学生を怒鳴りつけることができたN教授のことを、少しうらやましく感じる。


3 まとめ

 N教授の振る舞いは、不正行為とまでは言えないにしても、非常に重要な実験結果を無視したわけですから、あきらかに問題のある行為だったと言えるでしょう。しかしN教授はその問題を自分では認識していなかったと思われます。つまり研究者は、不正を行っているという自覚なしに不正を行ってしまうことがあるのです。
 私自身も現在は教授の職にあり、そして私にも「自分で開発し」「長年研究を続けてきた」独自の実験手法のようなものがあります。つまり、私はかってのN教授と(あるいは現在のG氏と)同じような立場にたっているわけです。私としては、もちろん、都合のわるいデータを無視して研究をすすめているつもりはありません。しかしそれだけでは、N教授と同じようなことをしていないと主張する根拠にはなりません。自分で不正はしていないと信じていても、実際はしている可能性があるからです。
 研究者の不正行為が明らかになるたびに、研究者以外の人々だけでなく研究者たちも、なぜそのような不正行為が行われてしまったのか不思議に感じるのではないかと思います。研究者の世界がきびしい競争社会であり、少しでも早く、少しでもいい結果を出したいという気持ちになるのはわかる。しかし、研究では元のデータや測定試料といった証拠が残ります。また、多くの場合、他の人が同じ実験を繰り返して確かめることも可能です。したがって、研究における不正行為はあとで明るみに出る確率が高いはずです。それなのに、なぜ不正行為を行ってしまうのだろう。
 それに対し、この文書で私が取り上げた三つの不正行為は、いかにも実際に起こって不思議はないと感じられたのではないでしょうか。上で述べたように、私自身にとって三つ目のケースはとても他人事とは思えません。一つ目と二つ目のケースのようなデータのねつ造は、たぶん私はやらないとは思いますが、しかし研究者として活動を始めて間もない時期に、時間的にきびしく追い詰められ、さらに研究グループの雰囲気や指導者の言葉によって誘導されてしまったら、やらずにいることができたかどうか自信はありません。私だけでなく、おそらく研究者すべてにとって、このような「小さな不正行為」という落とし穴は常にすぐ足元にあって、一歩踏み違えるとすぐに落ちて行ってしまうものなのではないかと思います。
 そして、その「小さな不正行為」と、マスコミをにぎわす大きな不正行為との差は、ようするに、研究が画期的であるかそうでないかの違いによるのだろうと思います。研究が画期的であるということは、不正行為にブレーキをかけるかもしれませんが、逆に加速してしまうかもしれない。そう考えると、大事件になった不正行為を行ってしまう心理は、研究者にとってそれほど遠いところにあるわけではないように思えてきます。だから研究者は、一歩を踏み違えないことが大切なのだと思います。


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