4.イランはどんな国?

 学会の開会式では、何人かの挨拶の後、招待講演が二件あった。一件目はロシア人、二件目はイラン人の講演だった。その二つ目の講演の最中、すぐ後ろに座っていたイラン人(学生さん?)からこうたずねられた。
「最初のロシアの講演と、この講演と、どちらが優れているか?」
どちらがどうと言われたって、二つは分野もかなり異なっていて正直比べようがない。どちらもそれぞれの分野で立派な研究成果を報告していると僕は感じた。困っておおよそそんなような答えをしたら、それでその人はひとまず納得してくれたようだった。

 その後のコーヒーブレイクで、今度は大学新聞の記者(やっぱり学生さん?)からこう質問された。
「イランの研究のレベルについてどう思いますか?」
そんな、開会式が終わったばっかりなんだから、わかるわけない。困って、学会が終わるころには何か言えると思う、みたいな答えをしたら、それでその記者さんはひとまず納得してくれたようだった。

 こうやって僕が突然質問をされたり"取材"されたりするのにはわけがある。この学会は実は国際会議ではなく、基本的にはイラン国内の学会で、一般講演は全てイラン人、外国からの参加者は招待されたロシア人、インド人、日本人各一人づつだった。あの記者さんは当然他の二人の外国人にも同じ質問をしたと思う。ただそれにしても、イランの人たちが自分の国の科学技術がどの程度のレベルにあるのかを相当に気にしているのは間違いないと思う。

 学会でのイラン人の発表はほとんどがペルシャ語、パワーポイントも論文集の原稿も大半はペルシャ語だった。国内学会だからむりもない、のだが、ペルシャ語で発表していた人も英語は僕よりうまかったりするのでやはりもっと英語でしゃべってほしかった。
 ということもあって、イランの研究レベルがどの程度かは最後になってもあまりよくわからなかった。ただ、僕と同じ研究分野の発表で全部英語のが一つあり、それは研究内容もプレゼンテーションもレベルの高いものだった。


学会の開会式会場。(テレビカメラの準備をしている男性は次の5に登場します)

 学会の場でもう一回、イランという国についてたずねられた。学会に参加していた女性の学生さんが
「イランにくる前にイランについて持っていたイメージと、実際にイランにきての印象とどう違う?」
と僕に質問した。ちょっとひねった、考えようによってはすでに答えが予想されているような質問である。「ちょっと考えさせてほしい」と僕はひとまず言った。そして、しばらく答えの内容を悩んでから(それに英語も考えてから)僕は答え始めた。
 イランについては二つのイメージを持っていた。一つは、言ってみれば普通の国。独特な文化を持っている。たとえば、日本でもイランの映画は人気がある。僕はマフマルバフの映画が好きだ。
 ここで彼女が口を挟んだ。マフマルバフの映画は大嫌い。なぜ、ときくと、彼の映画の中ではいつもイランは貧しい国として描かれているから、と言った。そうかも知れないが、彼の映画にはとても高い知性を感じる、と僕は応じて先を続けた。(本当は映画についてもっと言いたかったが英語もなかなかでてこないし・・・)
 イランについて持っていたもう一つのイメージはイスラムの国。この国では女性はみなそんな格好をしている。それに、つい最近、これまでよりもっと宗教的な人物が大統領に選ばれた。
 ここで彼女が言った。
「私たちのことをテロリストだと思った?」
ニマさんも会話の中で"テロリスト"という単語を使った。僕からはけっして使っていない。こうした言葉は冗談半分ではあるけど、他の多くの国の人は冗談でもこんなことは言わない。もちろん僕は彼女が、あるいはニマさんがテロリストである可能性などまったく考えない。だから僕はこの言葉を冗談ととって笑った。
 僕が持っていた二つのイメージのうち、実際にイランの人たちと接して感じるのは、たとえばあなたとこうして話していて実感するのは、一つ目の方だ。みんな親切にしてくれる。食べ物は美味しい。イランは普通の国だ。

 僕は彼女を含め何人かの人に、大統領が変わってハッピーかどうかたずねた。彼女は今のアハマディネジャド大統領を嫌っていた。ニマさんは、今の大統領は国のリーダーとしての振る舞い方を知らない、と評していた。滞在中親切にしてくれた大学職員の方も、あの大統領はみんなから嫌われている、と言った。じゃあなぜ大統領に選ばれたの?、とたずねると肩をすくめていた。大学の中と街の中では違いがあるのかも知れない。

 僕に質問をしてきた彼女は、翌日、テヘランでやるべきことを書き出した紙をくれた。美味しいレストラン、おすすめのハイキングコース、など。実際には行く時間はなかったけど、次回また行く時のためにその紙はガイドブックに挟んで大切にとってある。


学会が開催されたセムナン大学のキャンパス。左側の建物はモスク。


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