3.イスラムその2 男女別々

 カラジからテヘラン市街へは、まずテヘラン近郊を走る列車でカラジ駅からテヘラン駅へ行き、そこから地下鉄に乗り換えて中心部へ向かう。通勤通学の時間帯であったためか、列車は満員で座れなかった。が、まだ空間には余裕があった。一方テヘランの地下鉄の混雑は凄まじく、ホームには人が文字どおりあふれかえっていた。そしてやっかいなことに、男性用と女性用の車両が完全に別れていた。日本でも最近は女性専用車両があるが、ここでは前何両かは女性専用、残りは男性だけと分割されている。それで僕ら4人は二人づつ別れて乗ることになったのだが、男性用の混雑がひどくて最初にきた列車に乗り切れず、ちゃんと乗れた女性陣と離ればなれになってしまった。幸い、ニマさんの奥さんがホームからニマさんの携帯電話に電話をかけてくれたおかげで、目的地の駅で無事落ち合うことができた。携帯電話を持っていなかったら、地下鉄で男女がはぐれてしまうトラブルは頻繁に起こると思う。

 男女別々という光景は他にも何度か遭遇した。今回の学会の主催者で僕を招いてくれたレザゴリファー先生のお宅で他の招待者やニマさん夫妻と昼食をごちそうになった時も、男性は食事用のテーブル、女性は応接セットと別れて座った。また、学会の開会式でも女性が座る席の範囲が指定されていたようだ。(ただ学会のセッションは男女別れてはいなかった。だったら開会式だって別けなくても、と日本人である私は思ってしまう)

 極め付けは、ニマさんに聞いたカスピ海の話。夏になると、イランの人たちはカスピ海へ泳ぎに行く。車でカスピ海に向うと、湖岸が見える前に道は二つに別れ、一方は女性用の海水浴場へ、他方は男性用の海水浴場へ行く。たとえ家族で出かけても、そこで二つに別れなければいけない。今度は夏にイランにおいで、そうしたら一緒にカスピ海へ行こう、とニマさんは言ってくれたが、どうもなあ。

 なぜそうやって何でも男女を別けるのかとニマさんにきいたら、女性にとってその方が安全だから、という答えだった。同じ質問を学会会場のセムナン大学の女性職員の方にしたが、答えはやはりsafeだから、というものだった。うーん、私たち男性はそんなに危険な存在なのだろうか?(この問題に関する無謀な考察が以下にあります)

 ところでセムナン大学の学生さん(理学部)も、学会の発表者も、男性よりは女性の方が少し多いようだった。ニマさんの大学でもやはり女性の学生の方が多いとのこと。理工系の学部では女性の割合いが極端に少ない日本よりも、イランの方がより男女平等、というか性的な役割分業の意識が弱いのではと思えてくる。ただニマさんによれば、イランで最も金が儲かるのは商売であり、男は商売で成功することを最高の名誉と考えているのだという。その意識が男性は商売へ女性は学問へと向かわせているのだとしたら、これもまた性的分業意識と言えなくはない。


テヘランの地下鉄、男性ゾーン。(ここは地下ではないけどすぐに地下にもぐる)


*イスラムの女性はなぜ髪を隠すか(についての無謀な考察)

 アラビアンナイト千一夜物語は、王が妃の浮気を知るところから始まる。嘆き悲しんだ王は兄弟のところへ行くが、そこでも妃が浮気をする現場を目撃する。このことが原因で王は女性を憎むようになる。それからは毎晩処女を一人自分の寝室に連れこんでレイプし、殺害する。そしてある晩、シェヘラザードが連れてこられる。彼女は性行為の後に物語を王に語って聞かせる。王はその続きが知りたくて彼女を殺すのをやめ、翌晩も同じように相手をさせる。

 子供向けに書き直された千一夜物語は“ある日、王の妃が魔物に取りつかれてしまいました”みたいな唐突な始まり方をするのだが、原作の発端は確かこんな感じである。そこに現れているのは、人間は浮気をするものであり、その原因は女性が男性を誘惑するためである、という認識である。男性側の欲望が原因だとは考えない。したがって必要な対策は、まず女性が男性に接触する機会をできるだけ制限することであり、また男性を誘惑することがないよう女性側に服装等の禁則を科すことである。

 イスラムの女性が従っている禁則は、実はマホメッドの教えではなく、もともとはアラブの風習だという説がある。千一夜物語に現れているような、男女関係についての認識というか感覚がイスラムの教義に取り込まれた結果、あのようなルールができてしまったのではないかと思う。

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