「科学は変わる」



[経歴の紹介から始めること]
 それでは最後に、高木仁三郎さんの書かれた「科学は変わる」という本を紹介します。ですが、本の内容の紹介を始める前に、高木さんという人がどのような生き方をしてきた人であるかを、簡単にお話ししておくことにします。この本の紹介にとって、それが必要だと思うからです。
 とはいっても、この「科学は変わる」という本は、高木さんの個人的な経験について述べている本ではありません。あくまで論理的に、科学技術の持つ問題点とそのあるべき姿を論じたものです。そうであるなら、普通は著者の経歴などあまり問題にはならないはずです。重要なのは、あくまで議論の論理構成であるはずだからです。しかしこの本(あるいは、高木さんの他の科学論の本)に限って、著者である高木さんの生き方と切り放すことできないように思います。それは、この本の結論が科学者の生き方を問う内容であるからであり、さらに高木さんという人は実際にその結論を忠実に実践した人であるからです。

[経歴その1]
 高木さんは亡くなる少し前の1999年に、「市民科学者として生きる」(岩波新書)という自伝的な本を書かれています。ここではそれに依って、簡単に経歴を紹介することにします。ただ、経歴の紹介といっても、子どものころの生い立ちまでさかのぼって紹介する必要はないでしょう。科学技術の専門家としての経歴を紹介すれば十分だと思います。
 高木さんの科学者としてのキャリアは。東京大学の理学部化学科を1961年に卒業するところから始まります。化学科の中で高木さんが専攻したのは核化学あるいは放射化学と呼ばれる分野でした。核反応に伴う元素の生成や変換を扱うこの分野は、その当時では最新の、将来性に満ちた分野でした。卒業後、多くの同級生たちが大学院に進学したのに対し、高木さんは「”当然のコース”をはずれてみたいと思う気持ちに動かされて」日本原子力事業株式会社に就職します。この時期、日本の原子力産業は未だたち上げ段階であり、リスクを分担負担する形で各財閥グループが原子力関係の会社を作ったのだそうです。この日本原子力事業という会社は三井系の会社で、やがて東芝に吸収合併されていきます。
 その会社での仕事は、核燃料の中に生成するヨウ素、セシウム、プルトニウムといった放射性物質の振る舞いについての研究でした。偏析したり揮発したりと、その振る舞いは複雑でまだ未知な部分が多く残っていました。高木さんはそれを解明する仕事にのめり込みます。当然その研究の過程では放射能を相手にすることになりますが、研究を続けるうち徐々に放射能の危険に鈍感になっていったといいます。そして二、三年後には、実験を手伝う若い人に対し、「少しぐらいの放射能を恐れていては一人前にはなれないぞ」という言葉を言うようになっていったそうです。
 さて、そのような研究から高木さんが得た結論は、放射性物質の振る舞いは複雑で予測しがたい、というものでした。しかしそれを学会で発表しようとしたところ、社内で反対にあいます。日本原子力事業という会社は原子力開発を推進するための会社であり、それにマイナスとなる情報を出すことは、会社の目的にそぐわないと判断されたようなのです。もしあくまで研究者としての主張を貫くなら、上司あるいは会社そのものとの対立を覚悟しなければなりません。
 こうして高木さんは会社を辞める決意をします。しかしそれは反原発の意思からではなく、研究者としての自己主張を貫くためというのが中心の動機であったようです。結局1965年に、大学のときの指導教授の斡旋で、東大に付属した原子核研究所に転職をします。
 そこでの仕事は、鉱物に含まれる微量な放射能の検出でした。そのような放射能は、遥か古代に物質と宇宙線との相互作用で生じたものであり、地球さらには太陽系の生成過程をそこから知ることができる、のだそうです。ただし、そのような放射能はごくごく微量で、検出には非常に高感度な測定系が必要でした。高木さんはそのたち上げの仕事に携わります。
 感度を上げるには、バックグラウンドの信号を下げなければなりません。つまり、被測定試料以外からやってくる放射線を除かなければなりません。まず宇宙線の影響を減らすため、戦争中の地下壕に測定系を移し、さらに分厚い鉄板で遮蔽を施しました。ところが、それで測定してみたところ、遮蔽の鉄板に放射能が含まれていることがわかりました。鉄には、核実験で生まれた人工の放射能が混入しており、さらに製鉄の過程でも人為的に放射性の元素がわずかに混ぜられていました。つまり、私たちが意識しないうちに、身の回りに人工の放射能が遍在するようになっていたのです。
 しかし、高木さんはそこで人類にとっての放射能の危険性という問題に入っていくことはありませんでした。高木さんを含む研究グループの意識は、いかにして放射能を含まない鉄を入手するか、ということにもっぱら向かいました。それには、人類が放射能を自ら作り出すようになる以前の鉄を探してくればいいのです。結局、海に沈んでいる昔の戦艦を引き上げ、解体して得られた鉄で遮蔽を作り、問題を解決したのだそうです。
 高木さんはこのエピソードをいくつかの書物で繰り返し紹介しています。たしかに、その後の高木さんの言動を思うと、これは非常に印象的なエピソードです。
 そのような放射能の研究に高木さんは没頭し、成果を上げ、博士号をとります。研究者にとっては、そこまで達することができたのは喜ぶべきことです。しかしそのころから、高木さんは次のような問いと向き合うようになります。
「すでにお前は、一貫して放射能に関する社会的問題の場から身を遠ざけようとして、基礎研究とか論文生産の論理に逃げ込んでしまったのではないか。」
科学者には科学者の利害性があります。それは社会的問題とちゃんとつながっていない場合もあれば、社会の利害と相対立する場合さえある。そのことは、前の「グスコーブドリの伝記」についてお話ししたときに、部分的に考察したと思いますし、この後でも、高木さんの著作に沿いながら、考えていきたいと思います。
 1969年、博士号をとったその年に、高木さんは東京都立大学の助教授に就任します。まだ30歳、ずいぶんと若い助教授です。ポストの空きがあったという幸運もあったのかもしれませんが、研究者としての能力が高く評価された結果であることは間違いありません。しかし高木さんがそのポストに就いていたのはわずか四年にすぎませんでした。当時、大学では学生の反乱が起き、また成田では空港建設に反対する三里塚闘争が起きていました。これらの運動について詳しく論ずるだけの知識を僕は持っていませんが、「学問とは何か」「何のための科学技術か」といった問いがそこでは提起されていたといいます。そして高木さんだけでなく多くの大学教員が、そうした問いに正面から応えようとしていました。ただ、その大学教員の多くは、自分の立場に矛盾を見出しながら、矛盾を抱え込んだまま大学に残ることを選びました。
 しかし、高木さんは「体制内のポストを捨て、自前の科学・技術をめざす」道を選び、1973年に大学を辞めます。そしてその六年後、1979年に、この「科学が変わる」が出版されます。

[巨大科学批判]
 「科学は変わる」には「巨大科学への批判」という副題が添えられています。巨大科学とは、たとえば月面着陸を果たしたアポロロケットがそうです。直径何kmもの大きさの加速器を使って行う素粒子研究がそうです。そしてもちろん、原子力関係の技術も巨大科学技術です。高木さんの生涯における活動は、反原発運動が中心であったと見ることができます。この本の中でも、原子力発電所がなぜ安全であり得ないか、という論点に多くのページがさかれています。ただ、この本は反原発だけを目的に書かれたのではありません。現代の科学技術全般への批判が意図されていて、その問題点がもっとも深刻な形で現れる例として原子力が取り上げられています。
 では、原子力をはじめとする巨大科学技術の持つ問題点とは何か。大きく二つあります。一つは、実証(不)可能性の問題、もう一つはそれに携わる研究者技術者の意識の問題です。どちらも原理的、本質的な問題であり、科学技術が巨大化、高度化すればどうしても避けられないものです。

[科学の実証性]
 では一つめの、実証性の問題について考えていきます。科学がなぜ多くの人々に信頼されているかといえば、結果の正しさが実験によって証明されるからだと言っていいでしょう。物理法則の正しさを人々が信じるのは、それをたくさんの科学者が実験で確認してきたからです。逆に、トンデモな本や発言の内容を信じる人が(相対的に)多くないのは、それを実際に証明するものが何もないと知っているからです。
 本当は”実験で証明する=実証する”ということはそう単純な作業ではい、ということを、僕らは「科学革命の構造」で学びました。その論点については繰り返しません。ただ、実証するということに”理論負荷性”があるとしても、実験の結果は常に科学者たちの思考にある一定の枠をはめてきたはずであり、科学者に許された解釈の自由度はあくまでその枠の中のことである、ということは確認しておきたいと思います。
 複数の研究者が、異なる場所で同じ実験をして、同じ結論に到達する。そのことによって、科学の客観性、普遍性が確かめられ、科学的知識の正しさが証明される。これが、僕らが科学について持っている、いわば常識的な見方であり、たしかにそれは大筋で間違ってはいないはずです。
 ところで、そのように複数の科学者がお互いに結果を確かめ合おうと思えば、それぞれの科学者は自分の実験条件を整える必要があります。たとえば、ある物質Xの融点がy℃である、ということを確認しようと思えば、できる限り純粋な物質Xを精製によって得なければなりません。不純物が混じれば融点は変わってしまうからです。こうして科学者は、できるだけ純粋な物質、できるだけきれいな真空、できるだけ正確な測定器、等々を手に入れることに、多くの労力をかけることになります。それが十分なされたなら、科学者の間で相互検証がうまくいき、客観的普遍的な知識が得られたとみなされることになります。
 そのようなスタイルで研究をすすめることによって、研究対象から漏れ落ちてしまう類の問題も実はあります。この話の後の方で、それについてはふれることになります。しかし多くの主要な研究分野で、そのような研究の進め方が大きな成功をおさめてきたのは事実です。

[相互検証の不可能性]
 ところが、お互いに検証しあうという、科学の客観性にとって不可欠であるはずのことが、巨大科学では不可能になってしまうことがあります。たとえば素粒子の研究では、巨大な加速器を使った実験が行われます。荷電粒子を加速し、衝突させるとそのエネルギーで素粒子が生まれる。加速エネルギーを増せば増すほど、多くの種類の素粒子を生み出すことができ、未だ人類が実際に観測したことのない素粒子を検出する可能性も生まれます。ただしそのためには、加速器のサイズを大きくしなければなりません。実際に、直径が何kmにもおよぶ、すさまじく巨大な加速器が作られいます。
 さて、世界中でもっとも金持ちであるA国で、巨費を費やし、これまでのサイズを大きく上回る超巨大な加速器が完成した、とします。そして、そこで従来の定説をくつがえすような驚くべき観測結果がえられたとします。では、その観測結果は相互検証可能でしょうか?
 もちろん不可能です。複数の研究者が相互に結果を検証するためには、同一と見なせる条件で実験をする必要があります。そのために研究者は(互いに同一と見なせるような)純粋な物質を使ったり、(互いに同一と見なせるような)精度よく校正された測定器を使ったりするのです。ところが、新たに完成した加速器は、他を圧倒して世界最大であり、したがってそれと同一な条件で実験することができる場所は他に一つもありません。つまり、他の誰もその結果を検証することができないのです。
(余談ですが、カミオカンデも、この架空の加速器と同じ性質の施設かもしれません。世界最高の感度をもつ測定装置の結果は、相互検証不可能なのです。)

[実証の不可能性]
 こうしてある種の巨大科学においては、科学の客観性・普遍性を保証するのに不可欠と考えられる相互検証が不可能になってしまいます。ただそれでもこの場合は、世界でたった一カ所であっても、ともかく実験をして結果を得ることができます。「相互」の二文字は抜けてしまいますが、とにもかくにも「検証」することはできるわけです。ところが、それさえも不可能になってしまう場合があります。その典型的な例が、原子力技術に見られます。
 原子力発電などの使われている原子炉(軽水炉)には、必ず緊急炉心冷却装置ECCSが設けられています。このECCSの機能は次のようなものです。原子炉には水が循環していて、中性子を減速する働きと、炉心の冷却材として熱を外部に取り出す働きをしています。もし、この水が何らかの理由で失われると、通常のウラン核分裂反応は減少しますが、引き続きおこる核反応(燃料内の放射性物質の崩壊)によって発熱は止まることなく続きます。そのまま放置すればいずれは核燃料が融け、その融けた塊が原子炉容器をも溶かして地盤に向かって沈んで行くことになります。これがメルトダウンです。その塊がたとえば地下水のような多量な水分と接触すると、水蒸気爆発が引き起こされ、放射能が大量に飛び散る大惨事が発生します。
 そのメルトダウンを防ぐ最後の砦ともいうべき安全装置がECCSです。原子炉に大量の水をいっきにそそぎ込むことで空だき状態になるのを防止します。ところが、ちょっと考えてみてもわかるように、空だきで高温になった原子炉容器内に水をそそぎ込むのは容易なことではありません。容器内は当然高い圧力になっており、水を送り込む力が足りなければ水を注入することがまったくできなくなります。また容器内に水が入ったとしても、高温になった燃料棒のところまで到達できない、いわば焼け石に水状態になる、ということがあり得ます。
(1991年に福井県の美浜原発で、原子炉内の水の配管が破損し、空だき寸前になるという大事故が発生しました。このときECCSが起動しましたが、原子炉内の圧力の調整が適切になされなかったため、大量の水を送り込むことができませんでした。)
 では、ECCSが確実に動作することを確認するにはどうしたらいいか。従来の科学技術のやり方にならえば、実際に実験してみるのが一番確かな方法ということになるでしょう。つまり、原子炉の運転中に水の循環を止めて空だき状態にし、ECCSを作動させてみるのです。しかし、もちろんこんな実験は絶対に不可能です。ECCSがちゃんど機能すればまだしも、もし機能しなかったら、現実にメルトダウンが起き、おそらくは水蒸気爆発も起き、地球表面の何パーセントかが人間が住めない空間に変わってしまうことになります。多数の死者もでるでしょうし、地球上のほとんどの人が何らかの被害を受けることになるでしょう。
 つまり、実験をして確かめるという従来の科学技術の方法が、このような巨大科学では使えないのです。

[シミュレーションは実験の代わりになるか]
 実験が不可能であるなら、その代わりに理論的なシミュレーションによって安全性を確認すればよい、という考えがあります。現に、MITのラムッセン教授という人物が中心になって原子炉で事故が起こる確率の計算が行われ、1975年に報告書が出されました。それによれば、原子炉が重大な事故を起こす確率は、”ヤンキースタジアムに隕石が落下する確率と同じくらい”つまり、ほとんどゼロであるというのです。
 しかし実際には、その当の米国で、1979年にスリーマイル島原発事故が起こります。この事故では、原子炉は空だき状態になり、ECCSもうまく機能せず、メルトダウン寸前の状態まで加熱が進んでしまいました。また、1986年にはあのチェルノブイリの事故が起こります。その一方で、ヤンキースタジアムにせよ名古屋ドームにせよ、野球場が隕石で破壊されたという話は聞いたことがありません。あきらかにあの報告は信憑性がない、と今ではみなされています。
 ではなぜ優秀なはずの科学者が精密なはずシミュレーションにより明白に間違った結論を導いてしまったのでしょう。シミュレーションのやり方に、どこかミスがあったのでしょうか。
 そうではなく、巨大科学においては、本質的に、シミュレーションは実験の代わりにはならない、と考えるべきなのです。話を単純化するため、同一の部品一万個で構成されているシステムがあったとします。そして、この一万個の部品のどれか一つに異常が発生するとシステムは事故を起こす、と考えます。するとシステム事故の確率は、おおよそ個々の部品の故障確率の和で与えられることになります。シミュレーションによって、このシステムがある期間内に事故を起こす確率を計算しようと思えば、個々の部品の故障確率を入力してやらなければなりません。たとえば、システム事故の確率が千分の一である(という答えが出た)とします。このとき、個々の部品の故障の確率は、一千万分の一(10のマイナス7乗)でなければなりません。
 しかし、故障の確率が一千万分の一であるなどと、どのようにして確認することができるでしょう。そもそも、故障する、ものが壊れるといった現象は、理論に乗りにくく予測が困難です。まして、現実の部品には人為的な不良品が発生する確率もあります。原料に思わぬ不純物が混じっていて特性が狂う、ということもあるかもしれません。部品をサンプリングして試験するとしても、一千万分の一という極小な確率を統計的に正確に得ることは現実的に不可能です。
 結局、巨大システムにおける事故発生確率のシミュレーション予測では、個々の部品の故障発生率を、根拠なく適当に仮定せざるを得ません。したがって、その答えも必然的に根拠のないものになってしまうのです。(むしろ、出したい答えが先にあって、それに合わせて個々の部品の故障確率を決めたというのが実態でした。つまり、答えは科学的にではなく政治的に決められていたのです。)

[実証の不可能性、つづき]
 このように、巨大科学技術には実証も理論予測も不可能であるような事態がどうしても発生すると考えざるを得ません。高木さんは原子炉を例にとって詳しくそのことを説明しています。ただ、原子力関連の科学技術には、原子炉以外にも実証不可能である事柄がいくらでもあります。たとえば、放射線が人体に与える影響も、基本的に実証不可能です。人間に放射線を当て悪影響が現れるのを観察するわけにはいかないからです。放射線が人体に与える影響に関する現在の知識は、主として広島、長崎の原爆被害者の調査から得られました。結果的にあの二発の原爆は、放射線が人体に与える影響についての、壮大な実験であったのです。
 あるいは、半減期が何万年にもおよぶ放射能の管理方法なども、まったく実証不可能です。原子炉で生まれた放射性廃棄物を地中深く埋める案が日本でも検討されていますが、もしそれを実施するとしたら、ぶっつけ本番でやらざるを得ません。
 さらにいえば、実証不可能な事態が生じるのは原子力関連だけではありません。先ほど放射線が人体に与える影響が実証不可能であるといいましたが、放射線に限らず、何かの人体への影響は、たいていそう簡単に実験で確かめるわけにはいきません。薬のような好ましい影響が期待できるものならまだ可能でしょうが、悪影響の度合いを人体実験することは許されないはずです。
 あるいは、環境に対する影響も、多くの場合実証不可能でしょう。たとえば、ダムを造ることによって、その川の魚類にどのような影響があるか、といったことは、あらかじめ確認するすべはありません。ちょうど原爆投下により放射線被害について詳しく知ることができたのと同じように、ぶっつけ本番でダムを造って、魚類が全滅してからダムの魚類に与える影響を知ることになります。
 原子炉は、失敗したときの被害が大きすぎるから実験が不可能である、と先きほど論じました。しかし、人の命が関わると、たとえ一人の命であっても失われる危険があるなら、試しに実験してみるわけにはいかないでしょう。さらにいえば、人間ではなくても生物の命は安易に奪うことは許されません。
 そう考えると、”巨大”科学ではなくとも、科学技術には実証不可能なケースが多々あることに気づきます。特に、私たちの安全にかかわる事柄には、原理的に実証不可能な命題が多くなることが予想されます。なぜなら、試してみたところ安全ではなかった、という結果が出たら、誰かのあるいは何かの命が失われることになるからです。遺伝子組み替え作物や、新しく合成された化学物質の安全性は、厳密な意味で実証実験を行うことができません。さらに、自然環境を対象とする実証実験も必然的に不可能です。実験による実証は、試料が複数あったり、同じことを繰り返して実施できることが前提になります。ところが、自然環境は一つしかありません。したがって、自然を相手にする場合は、常にぶっつけ本番にならざるを得ません。

[理論予測の不可能性]
 話しが高木さんの巨大科学技術批判を離れてしまいましたが、もう少し脱線を続けたいと思います。ただし今度は、この本に出てくるもうひとつの重要な論点と関係してきます。
 安全に関する事柄が実験で実証することが不可能だとしたら、その代わりに理論的に予測することはどうでしょうか。しかしこれは、ちょっと考えればとても無理だということがすぐにわかります。明日の天気予報にさえときどき失敗するというのに、何十年後かの温暖化を正確に予測することなどできるわけがありません。環境ホルモンのような物質が人体に与える影響を、何の実験もなしに、理論的に予測できるとは思えません。遺伝子組み替え作物も同様です。
 さきほど、システムが巨大になると、理論予測が困難になるという話をしました。ところが、人間を初めとする高等動物は、人間の作ったどんなシステムよりも複雑なシステムです。あるいは、一つの川、一つの森林などなども、同様に人間の造り得るシステムとは比べものにならない複雑さを持っています。生命あるいは自然環境の振る舞いを理論的に予測することは、控えめに言っても容易ではない、普通に言えばまず不可能なのです。
 私たちの科学は、たとえば純粋な物質同士で起きる反応や純粋な物質の中で起きる現象なら、正確に予測することができます。しかし、自然界には純粋な物質など存在しません。色々な物質が混ざり合った原料から、精製に精製を重ねて純粋な物質を作り、そこで初めて科学は力を発揮するのです。
「・・・天気予報や地震予知といった生の自然過程の把握は苦手であっても、一見したところこれよりはるかに高度の洗練を要すると思われる原子核反応の制御や、数ミリ四方のシリコン基板に何十キロビットものメモリーを盛り込ませるといったIC技術の離れ業が可能となる理由が理解されるでしょう。」
科学技術が、”純粋なシリコン”のような、ごくごく単純化された状態においてのみ力を発揮するものであるにもかかわらず、複雑なシステムや自然環境に対しても万能であるという錯覚を、私たちはつい持ってしまうようです。
 同時に、科学技術が単純化された場でのみ有効であるがゆえに、科学技術は自然をより単純な姿に変えようとする傾向を持ちます。
「さらにこのことから、現代科学技術の動きにかかわったひとつの重要な点が理解できます。自然科学が、その有効性の範囲を拡げていこうとすれば、私たちの周囲の自然環境も、実験室の中と同じようにコントロールされた条件下に置こう、という指向性が働くことになります。そこから、自然を大きく改造したり、遺伝をも操作しようという発想が生まれてきます。」
このような発想が大きな弊害を生み出してしまったことを、私たちはすでによく知っています。

[科学者の意識]
 では次に、高木さんの巨大科学批判のもう一つの大きな論点、科学者の意識の問題に移りたいと思います。
「このような状況から、巨大科学の第三の側面が浮かび上がってきます。それは、巨大さの度合いに応じて、個人のになう役割が細分化され、機械のひとコマとなった個人は、その研究の全体性やその意味について、十分に見通すことができなくなるということです。さらに、マシンに振り回されることによって、人間性をすり減らしていきます。
 細分化された研究の中で、研究者としてのアイデンティティーを見いだそうとするならば、その個別的な専門性を武器にしたスペシャリストになり切るしかありません。そこでは、研究者の人格や考え方の豊かさよりも、どのような専門的な技術や実験手法に長じているか、が研究者としての価値の決め手になります。研究の全体を見通して、その流れを決めていくような作業は、これらの人々の上に立ちえた、ごく一部のエリートの手にゆだねられることになります。」

 原子炉や、加速器や、宇宙ロケットのような巨大なシステムを作り上げ運転するには、非常に多くの技術的課題があります。その技術的課題一つひとつを、それぞれの分野を専門とする科学者技術者解決していくことになります。たとえば、原子炉を動かすのは原子核反応の物理学者だけでは不可能です。原子炉を構成する材質を研究する材料科学者、核燃料の製造に携わる化学者、熱の伝導を研究する物理学者、ポンプ系統を作り制御する電気技術者、情報を管理する情報技術者、安全な建物を作る建築家、等々の協働が必要です。彼らは全員、原子炉に携わる科学者技術者であるわけですが、核物理化学者を除けば、おそらく核反応については基本的に素人であるでしょう。たとえば材料の研究者は、これこれの条件でも破壊されない金属材料を探せ、という指示を受け、金属材料の専門家としてその課題を解決しようとします。その研究に携わっているときに彼/彼女の頭の中にあるのは、鉄なら鉄の物理的性質であり、それ以外の問題、たとえば原子炉から放射線や放射能が漏れる可能性はないか、とか、大きな地震が起こっても建物の安全性は保たれるか、といったことを真剣に考えることはないでしょう。少なくとも、彼/彼女の専門家としての仕事内容に、そのような課題は含まれていません。このように巨大科学技術においては、個々の科学者技術者は巨大なシステム全体を見通すことなく、自分に与えられた技術的課題の解決に取り組みます。
 話しは少しそれるようですが、大学での卒業研究の発表会で、次のようなやりとりがときどきあります。
教官「(測定の対象である)その試料は、どういう条件で作ったのですか?」
学生「試料を作ったのは私ではないのでわかりません」
なぜこういうことが起きるかというと、大学の研究室というけっして巨大ではない組織の中でさえ、作業が細分化されていて、個々人はその細分化された作業の一つだけに集中して取り組むようになっているからです。教育の場でこのようなことが起こっているということは、考えてみると深刻な問題です。高木さんは、「科学は変わる」を書いた時点で、もうそのことにも気づいていました。上で引用した文章のすぐ後には、次のような文章が続きます。
「このような細分化は、すでに科学教育にも大きな影を落としています。”一人前の”研究者・技術者に若者たちを仕立て上げるためには、科学の歴史やその意味を総合的にとらえるといった教育は非効率的なものとされ、なるべく早いうちから個別的な手法や技術をマスターさせることに教育の力点が置かれます。」
 後でもう一度、この問題に立ち戻るつもりです。

[科学者の疑似主体性]
 このように、巨大科学技術においては研究者はシステムの一部に組み込まれ、局部的な技術的課題に取り組むことになります。それは端から見ていると、研究者が装置の一部になってしまったかのようです。
 ところで、そのように一つの歯車と化してしまうことを、当の研究者はどのように感じているのでしょうか。「科学は変わる」の続編というべき「危機の科学」という本の中で、高木さんは日本原子力研究所で行われたアンケート結果に基づき、次のように書いています。
「・・・(原研の技術者は)上から与えられたテーマに対する不満、細分化された分業の一端を担うことに対する不満は公然化されず、与えられたテーマの陰にどのような意図が隠されているかについても、大きな関心は持っていないように見える。むしろ、そのような大きなシステムに自らを帰属させることも含めて、各人は自らの主体性において研究に参加していると意識が強いように見える。
 その最大の理由は、ここの研究を支配するのがすぐれて研究者の競争原理であり、研究者はそのおかれた位置に応じて、それぞれ一定の自由度を与えられてこの競争に参加しているからである。そのため、各人は「主体的に」このレースに参加していると受けとる。そのうえ、実際の研究過程では科学者は、自然や装置との格闘に精力を集中するから、いっそうこの自然とのやりとり=研究を主体的な行為と受け取りやすい。」

つまり、端から見れば装置の部品の一つみたいになっていても、研究者個人は主体的に研究をしていると感じている、というのです。たとえばさきほどの材料の研究者は、研究対象である金属の性質を調べたり改良したりするため、実験方法や材料の調製方法をさまざまに工夫します。そして得られた結果は、自分の研究成果として、学術論文などの形で発表をします。研究者にとってその過程は、自分の専門家としての能力を発揮する、自発的な作業と感じられるでしょう。高木さんは、そのような意識を”科学者の疑似主体性”と呼びました。
 もともと通常科学には問題がどんどん細分化されていく傾向があります。通常科学化していない学問、たとえば哲学の問題は、細分化できません。認識はいかにして可能か、といったような問題を細分化して何人もの哲学者が分担して考える、ということは不可能でしょう。仮に分担したとしてら、それぞれがてんてバラバラな方向へ歩き出してしまう恐れが多分にあります。しかし通常科学では、研究者たちはみなある決まった手順に従って研究をしますので、いくらでも作業を細かく分けて分担することができます。しかも、細かく分けると同時に単純化されますから、先程述べたように、科学の手法がもっと有効に機能するようになります。そしてその細分化、単純化された課題を解決すべく、研究者たちはスピード競争を始めるのです。このときの研究者の意識については、前に宮沢賢治作品の話しをしたときに、説明したつもりです。

[生活実感との乖離]
 巨大なシステムの歯車の一つになってしまった研究者は、そのシステム全体が私たちの社会に何をもたらすかということについて、責任を持つことができません。また、そのシステムが好ましいものであるか否かという価値判断にも係わることができません。先ほどから例にあげている原子炉の材料研究者を再び持ち出すと、その材料研究者は、もしかしたら原子力利用が人類にとって好ましいものではないと考えているかもしれません。しかし、だからといって原子炉材料の研究を拒否したら、職を失う危険を冒すことになるかもしれません。そういう場合、研究者は原子力に反対する自分の考えを押し殺して、与えられた課題の解決に集中しようとするのが普通です。僕にはそのときの心理がよくわかるような気がします。おそらくその研究者は、自分がやらなくても他の誰かがやるだろう、あるいは、自分が研究を拒否しても原子力利用が止まるわけではない、と考えるでしょう。また、自分の研究は、原子炉という使い道とは関係なく、学術的に価値があるものであり原子炉以外にも有用な用途はあるはずだ、とも考えるでしょう。
 このようにして巨大システムは、それに係わる研究者が日頃感じたり考えたりしていることから、どんどん離れていってしまいます。研究者は、仕事(研究)は仕事、生活は生活、と割り切って毎日を送るようになるでしょう。科学技術は生活から切り放され、一般の人はもちろん、研究者でさえもそれが向かう先をコントロールすることができません。
 しかし、考えてみると、このような事態が生まれているのは原子炉のような巨大システムでだけではありません。ほとんどあらゆる技術の分野で同じことが起こっているのではないでしょうか。たとえば携帯電話を考えます。携帯電話それ自体は片手に収まってしまう小さな機械ですが、それを製造する工場はもはや一つの巨大システムです。それに加え、製造に使う原料の調達や部品の生産、電波の送受信を行う基地局の建設運用、さらには販売・加入者獲得のためのマーケッティングやらPRやら、といった諸々の活動が携帯電話という商品に係わって行われています。これら全体を見渡せば、携帯電話事業というのはひとつの超巨大なシステムであるとみなすことができるでしょう。そして、たとえば携帯電話で使われる集積回路を開発している技術者は、そのような巨大なシステムの一つのコマとなって働いていることになります。その技術者は、もしかしたら携帯電話の必要性をそれほど感じていないかもしれない、少なくとも、動画まで送れるようにする必要があるのか疑問に思っているかもしれません。それでも、集積回路の開発が課せられた仕事だから、と自分に言い聞かせてその技術者は働き続けるのです。

[危機の科学]
 では科学技術をコントロールするのはだれか?
「科学・技術と直接的な関わりを持たない市民にとっては、テクノクラートに管理された巨大技術はますます疎遠なものとなり、その管理・運営から排除されます。その結果、市民の側からの安全や健康、健全なシステムの運営に対する願いを汲み上げられる回路がなくなります。ここに、市民の側からみた巨大科学技術の本質的な問題があるといえます」
国家あるいは官僚組織が科学技術を管理している、というのがこの本での高木さんの認識のようです。でも事態は、もう少し複雑というかやっかいかもしれません。官僚でさえも、何かに操られ追い立てられている側面もあるような気がします。しかし、そう言って責任を拡散させ消してしまうわけにはいきません。確かに国家はそれなりの力を持っており、現にその力を科学者技術者の上に及ぼしているのです。
「「危機の科学」のもとでは、すでに述べたように予算の配分や行政制度の再編化を通して、科学技術の方向性や科学技術のあり方についての管理が強化されよう。それとともに、科学技術の研究開発から直接的な利益を引き出そうとする刹那主義が一層強まるだろう。さらに、大規模な先行投資や安全面での犠牲を正当化するために、「国民の合意」をめざすキャンペーンが強まるだろう。教育面でも、「国益」に従順な科学技術者の養成が志向されよう。これらはすべて部分的には進行し始めていることである」
これは、先ほども紹介した「危機の科学」という本の一部です。巨大なシステムを作り上げ運転するには、ばく大な予算が必要です。したがって、巨大システムを管理するのは、そのような巨額な予算を組む力をもった組織、つまり国(または産業界の巨人)以外ではあり得ません。
 さらに、上の文章は研究者の意識ということに関しても、非常に重要な指摘をしています。巨大システムに携わる研究者は、研究という仕事と、自己の感性や価値観とが乖離してしまう傾向にあります。その乖離を修復する方法は、原理的に二通りあります。一つは研究のあり方を人間の生活実感に近づけること、もう一つは、逆に、人間の感性や価値観を巨大システムの側に近づけることです。そして、今の社会で進行しているのは後者の方、つまり人間の価値観を巨大科学技術にあわせようとするキャンペーンだと言うのです。
 それは一つには、教育を通してなされます。細分化された知識や技術だけを教え込み、そもそもそんな技術は人間にとって必要か、といった疑問を封じ込めていけば、巨大システムのもとで研究を大いに楽しむ研究者ができあがるでしょう。さきほど、自分の担当ではないのでわからない、という主旨のことを平然と言う学生の話しをしましたが、これもそのような教育が生み出した現象だと言えるでしょう。
 もう一つは、「国益」キャンペーンです。少し前に「科学技術立国日本」という言葉が流行りました。資源に乏しい日本は優れた科学技術で生きていくしかない、不況の克服には新しい技術による新産業の創出が必要だ、といった類のセリフは日頃頻繁に耳にします。このセリフが意味するのは、科学技術の研究者は日本の産業の競争力アップに貢献しなければならない、というメッセージです。これが浸透すると、研究者は”お国のために”努力するようになります。先ほど例に出した携帯電話の研究者を再び持ち出すと、その研究者は、高機能な携帯電話の必要性は疑問に感じながらも、日本の産業が国際的な競争力を持つためには不可欠だと信じて、研究に精を出すようになるのです。こうして、価値観と仕事=科学技術とのジレンマは解消されます。このメカニズムは、不況や戦争など危機感を煽られた状況で、よりいっそう効果的に働きます。その状態を、高木さんは「危機の科学」と呼びました。
 なお、今の日本の大学は、予算面と精神面での誘導がもっとも露骨に行われている場所かもしれません。ふたことめには「産学連携」。企業との共同研究など産業界に役立つと思われる研究は予算的にも優遇されます。逆に、産業に直接役立たない研究をしている研究者は、役立たずとみなされ、精神的に追いつめられています。だから、僕には「危機の科学」の意味するところが、非常によく分かる気がします。