「グスコーブドリの伝記」



[宮沢賢治]
 「グスコーブドリの伝記」は宮沢賢治の童話です。「銀河鉄道の夜」や「風の又三郎」ほどではないかもしれませんが、宮沢賢治の作品の中でもよく知られた、有名な作品だと言っていいと思います。この童話を取り上げるのは、それが科学者、研究者の生き方について、深く考えさせる作品だからです。間違いなくそれは宮沢賢治自身が深く科学技術に係わっていたからなのですが、ただ、最初にことわっておきますと、ここで宮沢賢治という作者について論じようとは考えていません。ご安心ください。宮沢賢治個人についての評論は、今までいくつ書かれたのか見当もつきませんが、とにかくたくさん書かれていることは間違いありません。(僕はそれらの熱心な読者ではありません。)また、ちゃんとした評論のかたちに著されていなくても、何かの議論のなかで宮沢賢治の生き方に言及するということは、世の中けっこう頻繁に行われているような気がします。もちろんそれは賢治作品の魅力や意味の豊かさのゆえなのですが、それに加えて、宮沢賢治という人が、評論欲を刺激する、というのか、つい論じたくなるような人であるためなのだと思います。しかし、本当は誰も彼も宮沢賢治を論ずることができるわけではない、論ずるには資格がいるのだ、と僕は感じています。そして、もちろん僕にはそのような資格はありません。資格のない人間が論じてしまうと、たぶんなにやら醜い感じになってしまうのです。(その醜さとは、たとえば政治家が道徳を盛んに持ち出すときに僕らが必ず感じる醜さに似ています)さきほど”ご安心ください”と言ったのは、そのようなことにはならないようにするという意味です。ただ、話しの都合上、宮沢賢治の生き方をほんの少し引き合いに出すことになる予定です。そのときでも、十分自制を働かすようにしたいと思います。
 ではまず当の「グスコーブドリの伝記」のあらすじを紹介することから始めたいと思います。

[ブドリのおいたち]
 ブドリは森の中の家に生まれました。木こりの父親と、母親と、妹のネリの四人の家族でした。ブドリが十一歳でネリが八歳のとき、二年続いた寒さのためひどい飢饉になってしまいました。穀物がなくなり、ブドリたちは木の実や草の根や木の皮を食べて飢えをしのぎました。そして春が来たころ、ブドリの父親は”森へ行って遊んでくるぞ”と言い残して姿を消します。次いで母親も、後を追うように出ていきます。
おかあさんは・・・、わたしはおとうさんをさがしに行くから、お前たちはうちにいて、あの戸棚にある粉を二人で少しずつ食べなさいと言って、やっぱりよろよろ家を出ていきました。二人が泣いて後を追っていきますと、おかあさんは振り向いて、「何たらいうことをきかないこどもらだ。」と叱るように言いました。
 二人は残されたそば粉などで飢えをしのいでいましたが、ある日正体不明の男が現れ、二人に餅を与え、すぐにネリを連れ去ってしまいます。ブドリは追おうとしますが、森の中で力つきて倒れてしまいました。
 それからブドリは、てぐす(蚕の繭から取る糸の一種)工場で働かされます。住んでいた家も知らないうちにてぐす工場に変わっていたのです。しかしその仕事も長く続きません。火山の噴火が起き、火山灰で蚕が死んでしまったためです。
 森を出て沼ばたけ(水田)のそばを歩いていたブドリは、その沼ばたけの主人に雇われます。その主人は作物(オリザ、稲のこと)の収穫をあげるため色々工夫をするのですが、なかなかうまくいきません。ブドリはそれを手伝いながら、自分でもクーボー博士という人の書いた本を読んで農業の知識を得えます。そしてある時は作物の病気を治すのに成功します。しかし、ひどいひでりの年が二年続いてしまい、主人はやむなく沼ばたけの多くを手放してしまいます。ブドリがその主人のもとで働き出してから6年経ったとき、このままでは礼もできない、せっかく若い働き盛りなのだからどこか別のところで運を見つけてくれ、と主人はブドリに告げます。
 沼ばたけを離れたブドリは、本で知ったクーボー博士の学校をたずねます。博士は授業の最中でブドリもその授業を聞きます。それが終わった後、ブドリは授業についての博士の試問を受け、合格し、何の仕事をしているのかという博士の問いに対して、仕事を見つけに来た、と答えます。すると博士は名刺をブドリに差し出しました。

[火山局でのブドリ]
 博士の名刺の宛名が「イーハトーヴ火山局」でした。ブドリはそこで雇われます。イーハトーヴには三百以上の火山があり、火山局ではそれらすべての状態を観測しています。ブドリはペンネンという老技師について機器の扱い方や観測の仕方を習い、夜も昼も一心に働き勉強をします。(念のため、イーハトーヴというのは、宮沢賢治の童話の舞台になっている、架空の地域−原型は岩手県−のことです)
 火山局は火山の状態を観測するだけでなく、火山に工作をして噴火などの被害を防ぐ仕事をしています。ブドリが働き始めて二年経ったとき、サンムトリ山という山が噴火を始めます。火山局の人たちはその山の海に向いた側に穴を開け、そちらから溶岩を噴出させて街へ被害が及ぶのをふせぎました。
 さらに四年が経ち、ブドリは技師心得という職に就きます。ブドリは飛行船から硝酸アンモニアをまいて人工雨を降らせることに成功します。自分の作った雨雲を見ながら、ブドリは思います。
この雲の下で・・・・みんなよろこんで雨の音を聞いている。そしてあすの朝は、見違えるように緑色になったオリザの株を、手で撫でたりするだろう。
 このことがきっかけで、ブドリの名前が知られるようになります。そして妹のネリとの再会をはたします。ネリはあのあと牧場の近くに置き去りにされたのですが、その牧場で働きながら生活をし、牧場の一番上の息子と結婚して平穏に暮らしていたのです。
 それから五年後、ブドリが二十七歳の時、ひどい低温の年がやってきます。五月になってもみぞれが降り、六月になっても作物が芽吹かず、このままでは恐ろしい冷害に見舞われることが確実でした。ブドリは火山のひとつ、カルボナード火山が爆発したら、気層のなかに炭酸ガスが増えて気温が上がり冷害が防げるのではないかとクーボー博士に問います。
「先生、あれを今すぐ噴かせられないでしょうか。」
「それはできるだろう。けれども、その仕事に行ったもののうち、最後の一人はどうしても逃げられないのでね。」
「先生、私にそれをやらしてください。どうか先生からペンネン先生へ、お許しの出るようお言葉をください。」
「それはいけない。きみはまだ若いし、いまのきみの仕事に代われるものはそうはない。」
「私のようなものは、これから沢山でてきます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派に、もっと美しく、仕事をしたり笑ったりしていくのですから。」

さらにブドリはペンネン技師にもその仕事をやらせてほしいと訴えます。技師はとめようとします。
「それはいい。けれども僕がやろう。僕は今年もう六十三なのだ。ここで死ぬならまったく本望というものだ。」
「先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。一ぺんうまく爆発しても、まもなく瓦斯が雨にとられてしまうかもしれませんし、また何もかも思った通りいかないかもしれません。先生が今度お出になってしまっては、あと何とも工夫がつかなくなると存じます。」

こうしてブドリは一人島に残ってカルボナード火山島を噴火させます。予測どおりそれから気温は上昇し、冷害は未然に防ぐことができました。
 そして、この物語は次のような文で締めくくられます。
そしてちょうど、このお話の始まりのようになる筈の、たくさんのブドリのおとうさんやおかあさんは、たくさんのブドリやネリといっしょに、その冬を暖かいたべものと、明るい薪で楽しく暮らすことができたのでした。

[科学者の自己犠牲]
 「グスコーブドリの伝記」は、ブドリという一人の科学者の物語だと言っていいと思います。ブドリを科学者と呼んでいいのかどうか、まったく躊躇しないではないですが、火山局に入ってから数年にわたって教育を受け、人工雨などの事業では中心的な役割をはたしていたようです。また、火山島の噴火で温暖化を図る試みも、自らクーボー博士に提案しています。生い立ちこそ紆余曲折を経ていますが、少なくとも火山局で技師心得になってからは、科学者と呼んでいいと思います。
 そしてこの物語には、科学者の生き方の、ひとつのパターンが示されていると思います。それは自己犠牲という言葉でまとめることができるでしょう。ブドリは子どものころ、冷害による飢饉で親を失い、妹と生き別れになりました。その冷害が再び起こるのを防ぐために、自分の命を犠牲にして火山の噴火を人為的に起こします。
 このような、自分の命を科学技術に捧げる科学者の物語を、僕らは子どものころにいくつか読んでいます。たとえば野口英世は、黄熱病の病原体を見つけるため、自らアフリカの奥地へ赴いて研究を重ね、その過程でついに自らその病に倒れ命を落とします。彼は子どものころ重いやけどを負い、そのやけどを治療した医学の力に魅せられて医者となった。そして、アフリカの人々を恐ろしい病から救うために、自分の命を犠牲にした。野口英世をそのように描いている本なり文章なりに接したことがある人は多いのではないかと思います。
 もう一つ例をあげます。かの有名なキューリー夫人は、放射能の研究を続けるうち、放射線に体を侵され病に倒れたと言われています。キューリー夫人は「放射能の発見」という功績でノーベル物理学賞を、「ラジウムの発見」でノーベル化学賞を受けました。放射能が発見されるその時点では放射線の危険性は認識されていなかったでしょうが、その危険性がある程度わかってからも、キューリー夫人は研究に没頭し続け、第一次世界大戦では戦場へ出向き、いまでいうレントゲンの機械を自ら操作して多くの兵士の命を救いました。しかしその結果、放射線が原因で彼女は命を失うことになったのです。

[人類の幸福のため、真理の探究のため]
 念のためここで確認をしておきますが、僕はここで、子どものころに僕たちが接した科学者像を再現しようとしています。(それは必ずしも現実の科学者の姿とは一致しません)有名な何人かの科学者の人生は”偉人伝”としてまとめられていて、僕らは子どものころしばしばそういう文章を読みます。伝記として一冊の本になっているのを読むこともありますし、短いエピソードとして国語や道徳の本に紹介されているのを読むこともあります。それらの中では、科学者たちは、自分の命を犠牲にしないまでも、人類の幸福のため、あるいは真理の探究のために懸命な努力を重ね、ついに成功します。
 伝記以外には、「グスコーブドリの伝記」のように、科学者が主な登場人物になっている物語を通して科学者像にふれるということもあります。童話に科学者が出てくるのは非常に珍しいとは思いますが、SF小説などでは科学者が登場人物に含まれているのはむしろ普通かもしれません。
 しかしなんといっても、子どもが一番最初にまた頻繁に科学者というイメージに出会うのは、アニメや特撮テレビドラマにおいてでしょう。古典的な例をあげると、手塚治虫の「鉄腕アトム」においては、お茶の水博士はアトム、ウランちゃんに次ぐ重要なキャラクターです。(ということは、人間の中では最重要人物ということです)
 そのような番組に出てくる”博士”は、必ず世界平和のために力を尽くします。悪の組織や宇宙からの侵略者と戦うための新兵器を開発するのが”博士”の役目なのです。”博士”がいる秘密基地が攻撃を受ける危険もありますから、それはまさに命がけの仕事と言っていいでしょう。(僕は「ガッチャマン」の南部博士を典型としてつい思い浮かべてしまいます、若者にはわからないでしょうが)
 子ども番組のほとんどは、間違いなく、荒唐無稽な作り事です。その中で”博士”たちは、巨大ロボットや変身ヒーローに比べれば、現実味を持った存在です。そして子どもにとって、子ども番組はときに頭の中をすっかり占領してしまうほどの魅力を持った存在です。
 小学生に、将来何になりたいか、とたずねるアンケートの結果では、スポーツ選手やパイロットに比べれば少ないながらも、科学者という答えがあります。小学生は、現実の科学者がどういう人たちで、どういう仕事をしているか、まったく知りません。にもかかわらず、将来科学者になりたい、と小学生が思うとき、その子が思い描いているのは、おそらく子ども番組に出てくるお茶の水博士や南部博士のような科学者なのです。
 ほかでもない僕自身、子どものころ、将来何になりたいかという問いに”科学者”と答えたことがあるような気がします。プロ野球選手や会社員と同じように、”科学者”という職があるのかどうかさえそのときはわかっていませんでした。(”科学者”が職業の名前かどうか、いまでも考えだすとよくわかりませんが)おそらく、あの”博士”たちは、運動が苦手な子どもでもあこがれることができる、子ども番組の中のヒーローだったのだろうと思います。

[現実の科学者たち]
 そろそろ話を現実の科学者たちに移したいと思います。現実の科学者たちに、何のために研究をしているか、とたずねれば、”子供向け”の物語や伝記やテレビ番組に出てくる科学者たちと同じように、”人々の生活を豊かで幸せにするため”とか”真理を探究するため”というふうに、おそらく答えると思います。科学者たちが書く論文の冒頭部分には、その研究が学術的にあるいは実用上価値があるものであることが必ずうたわれています。あるいは、科学者たちは研究費を獲得するために研究の提案書を財団や政府の機関に対して提出しますが、そこではさらに言葉を尽くして、その研究が技術を進歩させあるいは自然現象の理解を進めるものであることが強調されています。
 では、ある科学者に、その科学者が達成しようと努力している課題を別の科学者が達成した、と伝えたとしたら、どういう反応を示すでしょうか。もちろん、その科学者は喜ぶはずです。なぜなら彼・彼女は、人類にとって必要だと信じるからこそその研究をしているのであり、当の研究課題が達成されたということは、まぎれもなく人類にとってグッドニュースであるわけで、人類の発展と幸せを願っている科学者としては当然うれしいはずなのです。
 いうまでもないことですが、実際にはよろこぶ科学者はまずいません。ほとんどすべての科学者は、そのような場合非常に落胆し、悔しがったり、不運を嘆いたりします。しかし、これはいったいどういうことでしょう。このような場合に嘆くということは、同じ課題を研究している他の科学者が失敗することを実は望んでいる、という意味です。その課題に成功することが人類の幸福につながる、にもかかわらず失敗を望んでいる、ということは、科学者は人類の不幸を実は願っているのでしょうか。少なくとも、人類の利益、幸福を望んではいないと言っていいでしょう。では何を望んでいるのでしょうか。
 科学者たちの業界で、このような問いはおそらくばかげた問いだとみなされるでしょう。答えは誰でも知っているし、なぜそのようになったのかもわかっている。なんで今さらそんなことを言い出すのか。
 それはたしかにそうなのです。僕自身科学の研究をしている人間であるわけですが、やはり他人の成功を恐れています。その恐れの感覚は、あまりになじみ深く日常的なもので、普段はあえて問題にする気にはならないのです。しかし、だからといって恐れを正当化してしまうのは間違っていると考えます。

[名誉]
 科学者が追求しているのは、人類にとっての利益ではない、だとしたら何なのか。これを次に考えます。といっても、実際は考えるまでもありません。現実に科学者が追求している第一のものは、名誉です。困難な課題を達成すれば、他の科学者から称賛を受けます。(同じテーマに携わっていない研究者は心から、同じテーマに携わっていた研究者はしぶしぶ、賞賛するでしょう)もしその研究成果が科学者仲間の範囲を超え、一般の人々にも知られるようになったら、多くの人々から尊敬されることになります。究極の名誉は有名な賞を受賞することでしょう。科学者なら、おそらくだれでも、ノーベル賞をもらうことを夢見る(もらえたらいいなあと思う)瞬間があるはずです。
 科学者の論文には、必ず著者名が書いてあります。そしてほとんどの場合、複数の名前が著者として掲げてあります。このとき、科学者にとって名前の順番をどうするかは大問題で、誰が筆頭に来るかでもめることもあります。それは著者名の順番が貢献の度合いを表すからであるのですが、なぜそのように個々の著者の貢献の度合いを示さなければならないかといえば、結局、名誉を尊重するためということになるでしょう。
 考えてみると、科学者のように、働いた結果自分の名前が外に出てくる職業は、そう多くはありません。あとは芸術家ぐらいでしょうか。たいていの人は、自分の名前が何かに残るということはありません。単純な事務仕事のように、誰がやっても同じ出来上がりになるなら、残す必要はないでしょう。けれども、企業での商品開発ぐらいになると誰がやっても同じというわけではないはずですが、製品には開発者の名前は書いてありません。また教育のように、人間を相手にする仕事も、その人(教育なら教師)の個性が仕事ぶりに現れるはずですが、名前をどこかに残すというシステムはありません。そう考えると、科学者のやっている研究という仕事は、名前を残し名誉を尊重してもらえるという点で、かなり特異だといえるでしょう。
 ともかく、名誉は科学者にとって非常に重要であり、そのためお互いに名誉を尊重するシステムを作り上げました。研究において他の誰かの研究成果を利用した場合、そのことを論文中ではっきりことわらなくてはなりません。それをしなかった研究者はルールに違反したとして非難を浴びます。研究の成果は、誰がやったかはどうでもいいというわけにはいかず、必ず誰がやったかを明示するのです。
 さらに積極的に、科学者は名誉を作り出すこともします。多くの学会ではいくつも賞を設けていて、優れた研究をしたとみなされる研究者に与えています。学会というのは科学者が集まって作った組織ですから、科学者自らが賞という名誉を作り出し、科学者の間で分配していることになります。

[カネ]
 現実の世界で、研究に対する熱意を生み出しているもう一つの要因は、地位とカネです。この要因は科学者研究者としてのキャリアのスタート地点から働き始めます。たいていの場合、科学者は大学院博士課程の学生のときに職業的研究者としてのキャリアを積み始めます。博士課程を修了して博士の学位を得るためには、たいてい論文を三本とか五本書かなければいけないことになっています。そこで、博士課程の学生にとって、修了するのに必要な数の論文を書くことが、まず研究の目的になります。修了することができなければ、在学期間を延長して、とういうことは授業料を払い続けて学位を取るまでがんばるか、もしくは中退することになります。一方、めでたく学位が取れれば、その先は大学や企業の研究所に就職して給料をもらうようになれます。それを考えれば、博士課程の学生は地位とカネのために研究をしていると見ることができます。(終身雇用が基本になっている今の日本では、博士課程の学生が一番シビアにカネと地位をかけて研究をしているといえるかもしれません)
 就職すると今度は昇進のために研究をするようになります。私は大学の教員なのでとりあえず話を大学に絞りますと、助手として就職して、その上の講師なり助教授なりに昇進するためには、その職に適格かどうかの審査をパスしなければなりません。そしてその審査は、主に研究業績に基づいて行われます。したがって、助手の間は助教授にあがるために論文を書き、助教授になると教授にあがるために論文を書くようになります。もし論文が書けず昇進できなかったとしたら、給料は昇進した場合に比べはるかに低い金額にとどまることになります。
 日本では、昇進するため、ですが、アメリカなどでは職場にとどまるために論文を生産し続けなければなりません。日本のように終身雇用制をとっていませんので、採用されてもある定められた期間の間に十分な研究業績を上げなければ雇用は打ち切られます。こうなると、自分が生活していくためには、なんとしても研究で成功する必要があります。その苦労は、能力が認められ終身雇用が認められるまで続きます。こうして、日本ではよりよい給料を得るため、アメリカなどではそもそも給料を得るため、科学者は研究をします。

[研究費]
 おカネは誰にとっても重要ですが、科学者にとっては給料以外にも重要なカネがあります。研究費です。大学にいるにせよ、企業にいるにせよ、黙っていて手にできる自分自身のための研究費は、たいていの場合あまり多くありません。それだけでは自分がやろうと思っている研究はできないのが普通で、やりたいことをやろうと思えば研究費を公的な機関なり、私的な財団なり、または企業内の担当部署に申請して、研究費の配分を受けなければなりません。申請が認められるためには、その科学者に研究を行うための十分な能力があることが示されなくてはならず、そのためには研究ですでに成功をおさめていることが必要です。つまり、研究費を得るためには、研究で成功する必要があるわけです。そしてこれがちょっと話が狂うと、研究で成果を上げるために研究費を得るのではなく、研究費を得るために研究で成果を上げる、という本末がひっくり返った事態になります。(前のクーンのときに、産業化科学としてこのことを少し述べました)
 残念なことに、研究費を得るために研究をするという状態は、今の日本では大学の中でもめずらしくはありません。多くの大学の研究者が、企業から研究費を得るために、企業の”ニーズ”に合わせた研究をしようとしています。
 ところで、国の機関や財団などで、科学者の申請を審査し研究費の配分を決めているのは、科学者の中の有力者です。研究費を配分されるのではなく、配分する側にたつことは、科学者にとって大きな成功の証だと言っていいでしょう。そのような立場にたつ人は、どのような研究を行いどのような研究を行わないか、あるいは誰に研究を行わせ誰に行わせないかを決めることができるわけで、非常に大きな影響力を持つことになります。

[企業での研究]
 企業の研究所で行われる研究は、当然のことながらその企業の利益を増やすことを目的として行われます。科学者個人にとっては、企業の利益につながる成果を上げることによって、自分の給料も上がりますし、自由に使える研究費も増えます。
 そして、企業では研究成果をふつうは特許のかたちで公表します。ひとたび特許として認められれば、その研究成果を使うためにはおカネを払わなければいけなくなるわけで、特許によって研究成果はおカネに換えられます。特許には発明者と出願者がいて、発明者にはその成果を得た科学者が、出願者には企業の代表者がなります。特許が使われたときの収入は出願者に入り、発明者というのはいわば名前だけです。これによって、科学者は名誉を確保し、企業は(うまくいけば)利益を得ます。やはり、研究がもたらすのはカネと名誉というわけです。
 特許には、研究成果の公表を促すという面もあります。もし特許制度がなければ、企業は儲けにつながりそうな研究成果をひたすら隠すはずだからです。特許があるおかげで、公表しても利益が損なわれる心配をしなくてすみます。しかし、公表された研究成果は、万人のものではありません。持ち主がはっきり決まっています。その持ち主は、たいていの場合、研究成果を出した科学者本人ではなく、研究者をカネで雇い、研究費を払っている企業です。
 研究成果が特許になる場合、仮にそれが人間の幸福に本当に役立つものであったとしても、科学者は人間の幸福のために研究したというよりは、企業の儲けのために研究をしたといった方がいいでしょう。ルソーの本を紹介したときに、世界中の製薬会社はマラリアのような発展途上国でのみ流行している病気に対する新薬開発を放棄した、という事実を紹介しました。マラリアの新薬をもし開発したら、製薬会社はマラリアが流行している国で特許を取り、高い特許料を払わなければその薬の製造販売ができないようにするはずです。そうすると、収入の少ない発展途上国の人々はだれも薬を買えず、商売が成り立たない。だから、そもそも開発しない。研究成果が企業の所有物になるとは、つまりこういうことです。

[科学者たちの競争]
 このように科学者たちは名誉やカネを求めていて、その結果常に同業者と競争をしています。なぜ同業者たちと競争するのか、理由は簡単と言えば簡単です。それは最初に発見なり発明なりした者だけが、名誉もカネも手にできるからです。科学者の世界ではこの原則は完全にシステムとして確立しています。論文誌に発表される論文には、必ずその論文原稿が論文誌の編集部に届いた日が明記されています。これは、その研究が実施された時期を明確にし、他の研究に先立って行われたものかどうかを、必要とあらば確定できるようにするためのものです。たとえば同じような内容の論文が二つ現れた場合、この日付で先、後を判定し、先の方が発見発明者としての栄誉を受けます。特許も同様です。国によって制度は違いますが、趣旨としては少しでも早く発明した者が特許権を得る資格を持ちます。
 このように第一位の者がすべてを得るのは、科学者の世界では当たり前の原則なのですが、考えてみるとちょっと不思議ではあります。他人のまねをしたなら別ですが、独立に研究を進めて成果を上げたなら、仮に他の科学者に少しばかり先を超されたとしても、同じように賞賛されてもいいのでは、と考えてみることも可能です。あるいは、そもそもなぜ誰がいつ発明発見したかということにこだわる必要があるのか、と思ってみることもできるでしょう。
 一七世紀ごろに近代科学が成立する以前は、科学者の世界も今のような競争社会ではなかったといわれています。新しい発見はその発見者が属する学派の秘伝の情報として扱われてしまい、したがって学派間で発見の早さを競うということはなかったというのです。これは今の感覚からすると、科学というより宗教のようです。色々な宗派に分かれ、それぞれの宗派の中で教義を発展させていて、よその宗派の中で誰がいつどんなことを言い出したかなど、基本的に関心外である、そういう姿に似ています。あるいは、文学作品や絵画のような芸術作品に似ています。これら芸術作品では、発表の早い遅いが問題になることはまずありません。それよりも、作品の質や独自性が問われます。自分が作った作品と他人が作った作品は、基本的に違うものですので、発表された時期をくらべてもあまり意味はありません。
 科学がそのような状態から現在のような姿に変わったことを、世の中では”近代科学が確立した”と表現します。そして宗教や芸術とは違う科学の特徴を”普遍性”と呼びます。しかしクーンの言い方を借りれば、このことは”パズル解き”である”通常科学”が確立したということです。パズルの特徴は、間違えなければ誰でも同じ答えに到達するということで、これを言い換えると科学の普遍性になります。誰もが同じ答えに到達できるなら、あとは早さ・速さの問題になります。あるいは、誰もが同じところに到達できるという前提があって、はじめて競争が成り立ちます。(決まったコースを走ってこそ競争が成立します、てんでばらばらな方向に走り始めたのでは競争になりません)
 実際、科学者の多く、あるいはほとんど全ては、自分がやろうとしていることを誰かが先にやってしまうのではないかと常に心配しています。そして、結果が得られたら一刻も早く論文や研究会で発表し、自分が最初にその結果を得たということを、証拠として残そうとします。
 そのような科学者たちの姿を、彗星さがしにたとえる人もいます。(「科学者はなぜ一番のりをめざすか」小山慶太)新しい彗星を見つけると、自分の名前をその彗星の名前として残すことができます。つまり名誉を得ることができます。ただ、彗星を見つけることは原理的には誰でもできます。あるレベルの望遠鏡をたまたま彗星の方向へ向けていれば、そして注意深く既知の星の配置と比較すれば、彗星を発見することができます。したがって、彗星探しは競争です。ほとんど同時に複数の人がひとつの彗星を発見することも珍しくありません。おもしろいことに、科学者の論文と同じく、彗星の発見についても誰が一番だったかを確定するシステムが確立しています。彗星を発見するとアメリカのスミソニアン天文台に通報する事になっているのだそうで、その通報がもっとも早かった人が第一発見者とみなされるのだそうです。

[競争の功罪]
 このような競争のシステムには、たしかにひとつのメリットがあります。科学者たちが、一刻も早く研究を完成させよう、同業者に一歩でも先んじようと急ぐことによって、研究の進み具合は間違いなく加速されます。また、他人がまだ手をつけてないテーマや分野に取り組もうとする結果、次々と新しい試みがなされるという効果が生まれます。
 これは、資本主義社会あるいは市場経済の持っている効率性と共通するところがあります。市場経済では、価格競争に勝ち残った企業だけが生き残り、敗者は退場する、つまりつぶれます。倒産を避けようと思えば、競争に勝ち続けなければなりません。このような競争の結果、価格が下がる、あるいは品質の良い商品が市場に現れます。競争のない社会主義経済と比べ、生産活動がより効率的になるのは間違いないと言っていいでしょう。
 しかし、このように研究活動が企業の活動と共通する性格があるのは事実としても、それだけでいいのでしょうか。実際、あまりにはげしい競争が研究の場にもたらす弊害というのも、いくつか指摘することができます。
 たとえばいま、二つの研究グループが同じ課題を解決しようと研究を進めているとします。同じ目標に向かっているのですから、両者の間で情報や装置を共有したり、利用し合ったりすることによって、研究が効率よく進むと考えられます。実際そのように協力し合うこともまったくないではありません。しかし現実には、このような二つのグループは競争の関係に入ってしまい、協力をしあわない場合が多いのです。協力するにしても、論文発表の際に著者として名前が入るならば、という条件がほぼ必ずつきます。たとえば同じ大学によく似た分野の研究をしている研究室が二つあると、しばしばその二つの研究室は強いライバル意識を相手に対して持っていて、装置の貸し借りさえほとんど行わない、というのが典型的な光景です。(他の研究室の装置を使うときは、学生どうしで話をつけて先生に内緒でこっそり使う、というのもよくあります)場合によっては、ひとつの研究室のメンバーどうしでも仲間意識より対抗意識が強く出てしまいます。たとえ同じ研究室であっても、協力を頼むときは、まず論文の共著者に加えるとの約束をする必要がある、というのが世界的には普通のようです。(日本はまだそこまでドライではないと思いますが)
 対抗意識がエスカレートして、協力を拒否するだけでなく、積極的な妨害やスパイ行為におよぶことさえあります。有名な例では、DNAの二重らせん構造を解明したワトソンという研究者は、ライバル研究室に大学院生を送り込み、スパイ行為をさせていました。(彼はそのことを自著の中で堂々と告白しています)
 
[論文の粗製濫造と偽造]
 はげしい競争意識はまた論文の粗製濫造という現象も引き起こします。昇進や研究費獲得が研究業績しだいということになると、科学者者は業績となる論文の数をできるかぎり増やそうとします。その努力が、よい研究を速く進めようという方向にいくならいいのですが、そうではなく、手っ取り早く論文の数だけ増やそうという間違った方向に向かってしまうことがあります。つまり、ひとつの論文にまとめることができる、あるいはまとめた方が本来望ましい内容を二つ以上に分割し、別々の論文として出版するのです。こうすれば見かけ上論文の数は増えます。現に、同じ著者による、よく似た内容の論文が複数出版されていることは非常にしばしばあります。それらがすべて論文数かせぎのための分割によるわけではなく、少しでも早く成果を公表しようとした結果、分割されてしまったということもあります。ただ、競争を強いられている研究者のほとんどが、意図的に少しでも論文の数を増やそうとしていることは否定できないでしょう。
 多くの研究分野で、論文の数は毎年増加し続けています。私が接する論文誌の多くも年々分厚くなっています。また新しい論文誌が創刊され、論文誌の数自体も増えています。僕自身が係わる応用物理や電子工学の分野でも、目次さえとても全部は読み切れないと思えるほどの論文誌があります。もっとひどい状況になっているのが医学の分野で、「背信の科学者たち」という本(ブロード、ウェード著、牧野訳)によれば、なんと8000もの論文誌があるのだそうです。この本が出版されたのは1982年ですから、今はもっと増えているのかもしれません。
 このように論文数が増えてしまうと、自分が必要とする優れた論文を見つけるのが非常に難しくなってしまいます。論文によっては、出版されたきりほとんど誰にも読まれないということもあり得るのです。そして、このような状況を背景に、もっとひどい事態が起きます。それが論文の剽窃(盗作)やデータのねつ造です。先ほどあげた「背信の科学者たち」という本にはその実例が詳しく報告されています。論文数が膨大になってしまい、論文の多くがほとんど注目されず読まれもしなくなると、別の誰かのすでに出版された論文を写して自分の論文として出版しても、気づかれない可能性が高いわけです。またデータをねつ造してウソの論文を書いても、なんら問題にならないかもしれないのです。なにしろ、読む人がそもそもほとんどおらず、読んだとしてもデータが本当かどうかまじめに検討するのはごくごくまれなのですから。
 本来なら、論文誌にはレフリー制度があり、ねつ造や盗作論文はもちろん、数をかせぐために書いた質の低い論文は、審査のうえ却下されるはずです。ところが、論文数が今のように増えてしまうと、論文を審査するレフリーがその論文に関係する論文をすべて読み通すのはまったく不可能です。したがって、同じような内容がすでに発表されていても、また他の論文と相いれないようなデータが含まれていても、気づかずに審査をパスさせてしまう可能性が高いのです。

[科学の暴走]
 ただ、科学者間の競争がもたらしたもっとも大きな害は、妨害合戦や論文ねつ造ではなく、研究の必要性がまともに顧みられなくなったということでしょう。つまり、科学者たちが必要性を考えてテーマを選んだり研究を実施したりするのではなく、なにより同業者に勝つために研究を行うようになってしまったのです。社会が科学者たちに達成してほしいと願っている事柄は確かにあります。しかし競争に明け暮れる科学者にとって重要なのはそのような要求に応えることではなく、同業者に勝つことの方なのです。
 ただ、科学の研究の必要性とは何か、というのは本当は難しい問題です。社会や人々が望んでいる技術を作り出し提供することは必要であり、そのための研究は必要性を持つといえます。しかし、そのようなこととは独立して、いわゆる「学術的価値」というものが存在し、それに基づく必要性もあるのだと考えることもできます。つまり、すぐに役に立つ研究ばかりが必要性を持つのではなく、一見何の役にも立たないような研究も必要なのだ、というわけです。たしかに、たとえば宇宙の成り立ちを研究する、といった基礎的な研究はとりあえず何の役にも立ちそうもないし、しかしやる価値はあるように思えます。
 この問題は難しい問題のようです。次の高木さんの本を紹介する中で、再び議論することにしたいと思います。ひとまずここでは、社会が求めているものとはまったく無関係に、ただ互いの競争のためだけに、科学者たちが研究を進めてしまう可能性がある、ということを言っておきたいと思います。(ついでにつけ加えると、もしかしたら研究の「学術的価値」というのは、ひょっとしたら研究者同士の競争心を言い換えたものに過ぎない、と考えてみることも不可能ではないかもしれません。)
 そのような科学の必要性についての議論をひとまず脇に置くとしても、明らかに科学の暴走とみなさざるを得ないような事態も存在します。それは、社会がしてほしくないと思っていることを、科学者が競争に駆られてやってしまうという事態です。その典型的な例が、クローン技術です。クローン技術というのは、ご存じのように、あるひとつの細胞からそれと同じ遺伝子を持つ卵を作り、最終的には個体を生み出す技術です。最近、生殖細胞以外の細胞からクローン技術によって羊が生み出され、大きなニュースになりました。
 この技術を使えばクローン人間を生み出すことも可能だと言われています。つまり、ある人間のどこかの細胞をもとに、同じ遺伝子を持つ別の人間を作り出すことができるのです。しかし、多くの人はこのクローン人間の誕生に強く反対しています。宗教的な教義から反対する場合もありますが、そうでない場合も含め、クローン技術は私たちが持っている生命という観念と相対立するところがあるのです。にもかかわらず、研究者たちは、放っておけば、間違いなくクローン人間誕生一番乗りをめざして競争するに違いないのです。
 現実には、クローン技術を含むバイオテクノロジーについては、科学者の暴走を防ぐような一定の歯止めの制度があります。そのような歯止めの最初のものは、1975年にアメリカのアシロマという町で開かれた国際会議で生まれました。そのころ遺伝子操作技術が確立し、人間は新しい遺伝子を持った生物(たとえば細菌)を自分の手で作り出せるようになりました。この技術は使い方を誤れば、これまで地球上に存在せず、したがって検査方法も治療方法も存在しない、新たな悪性の病原体を生み出すことにもつながります。それで科学者たちの研究をコントロールする必要が生じました。科学者たちが同業者への対抗意識に燃え、新しい成果を求めてがむしゃらに研究する状況は、人類にとってあまりに危険すぎると、当の科学者たちが認識するに至ったのです。
 ただし、科学者の盲目的な競争が社会にとって害を及ぼすおそれがあるのは、バイオテクノロジー分野に限りません。そして多くの分野では、その競争をコントロールする制度などまったく作られていないのです。
 それどころか、いま日本では研究費の配分や昇進の審査などを通して、競争をよりいっそう煽るためのシステムが強化されつつあります。国立大学で生じている変化はその典型でしょう。国立大学の教員はこれまで何もしていなくても毎年一定の研究費を得ていましたが、そのような定額の研究費は減少し、業績等に応じて配分される研究費の割合が増えています。(この配分審査基準が大いに問題なのですが、これについてはふれません)また、国立大学の教員は公務員ですから、これまでは犯罪でも犯さない限りクビになることはありませんでした。しかし今では、任期付きのポストが設けられ、任期が切れたときに十分な業績がなければクビになるシステムができつつあります。

[もう一つのタイプ]
 僕がこれまで現実の科学者たちについて述べてきたことには、少しフェアではない面があります。ひとつには、僕はまるでひとごとのように科学者たちの競争について述べてきましたが、これは正当なやり方ではありません。実際は僕も同業者に対する対抗意識を人並みに持っています。論文のねつ造はしませんが、自分の論文の数を増やす努力はしています。また、競争相手に妨害工作などすることはありませんが、誰に対しても常に協力的であるわけでもありません。同業者との競争は、僕自身の行動にも確実に影響を与えています。
 もうひとつ、現実の科学者にとって競争が重要なのは確かだとしても、まったくそれだけが研究の動機であるわけではありません。純粋な好奇心から研究を始め、その後は、競争相手の有無とは関係なく、何とか成功させたいという熱意から研究を完成させるということもあります。というか、実際には科学者が研究に対して示す熱意のうち、どれだけが競争意識によるもので、どれだけが純粋な探求心によるものであるかを、正確に言い当てることなどできません。せいぜい言えるのは、競争心も間違いなくそこには入っている、ということであり、その競争心の方が主たる動機になってしまっている人も中にはいるのだ、ということです。
 話は飛ぶようですが、人類の幸福を守るという使命感に燃えるヒーロー(の脇役)という以外にもうひとつ、僕らが子どものころから慣れ親しんだ科学者のイメージがあります。それは、自分の研究の世界に没頭している世捨て人のイメージです。子ども番組にもそういうキャラクターはたびたび登場していたと思います。そういう”博士”が、人知れずマジンガーZのようなスーパー兵器を作っていたりするのです。まあ、マジンガーZを作ってしまうかどうかは別にして、フィクションの世界では、そのような世捨てびと型科学者はえてして異常に優秀なのです。
 社会に受け入れられなかったために世を捨てた科学者は、たいてい性格が屈折していて、下手をすると社会に対する復讐心に燃えていて、とうてい好ましい人物像ではありません。しかし、純粋に研究に没入してしまった結果世を離れてしまったという場合は、それなりに魅力的な人物に見えることもあります。自分の好きなことに没頭して毎日を生きることは、ある意味理想的な生き方と言えなくもありません。
 現実の科学の歴史上にも、そのような世捨てびと型のきわめて優れた科学者が存在しました。イギリスのキャベンディッシュという人です。彼は18世紀終わりに電磁気学の基本的な法則(クーロンの法則やオームの法則!)を発見していました。ところが、彼はそれを発表しようとしなかったのです。このことは、研究成果ががもたらすはずの名誉や地位やお金に対し、彼がまったく無関心であったことを示しています。と同時に、研究を通して世の中に役立とうという意志もまったく持ち合わせていなかったということでもあります。
 実は彼はイギリスでも指折りの大金持ちでした。そして極度の人間嫌いで、結婚もせず、外出もまれにしかしなかったと言われています。
 もちろん科学者の中で彼は変人と呼ぶべき存在で、このような科学者は二人といないはずです。それでも、キャベンディシュ的な心性が現在の科学者の中にまったく存在しないかというと、多分そうではないと思われます。