Podder その2

 最後に、ダッカにおける僕らのホスト、Podder氏について再び。
・彼は買い物好きである。京都でいっしょに観光をしていたとき、彼はみやげ物をいちいち箱から出して、欠陥がないかどうか入念に確かめてから買っていた。あすこまで念入りに確かめる日本人はまずいない。たぶんバングラデシュでは不良品が多く、必ず確認しないと不良品をつかまされるためだろう、とそのときは思ったのだが、どうもそうではないようだ。いや、そういうことも多少はあるのかもしれないが、それ以上に彼の性格によるものらしい。ショッピングセンターに僕らを連れていったものの、ふと気づくと僕らそっちのけで自分の買い物に熱中して店員と盛んにやりあっている、ということがあった。
・彼はおしゃれである。上のこととも関係するが、ようするに彼は徹底的に吟味してからでないと買わないのである。その結果、着ているものも上等そうで、かつデザイン的にも相当に配慮されている。BUET内のベストドレッサー賞を取れると思う。(と、僕が言っても信頼性に欠けるが)同様に、家の中の家具調度類もみなきれいで、上手に配置されている。応接間もダイニングも、見事なものだった。名古屋で僕らの殺風景な家の中を見たとき、彼はどう思っただろう。(あるいは、僕の服装を見て彼はどう思ってただろう・・)
・彼は忙しい。インドもそうだったが、日本の教官に比べると、かの地の大学教員ははるかにたくさんの授業を受け持っている。彼も他の大学での非常勤の講義も含め全部で週に20時間の授業をこなしているという。小、中学校の先生なみである。僕らがダッカを発つ日は朝から講義があり、前日の夕食会が終わってから夜遅くまでその講義の準備をしたという。おまけに、女子寮の予算の管理の仕事までやらされている。僕らが滞在している間もその関係の何か仕事があったようで、女子寮の建物内のオフィスに出向き、寮生相手になにやら打ち合わせをしていた。(僕らもそれについてに行って、彼が仕事をしているあいだ紅茶を一杯いただいた。僕の配偶者は寮の部屋も見せてもらった。男子禁制のため僕は見られず。なお、BUETでの女子学生の割合は約1割とのこと。)
・彼は親切である。彼は本当に僕らに親切にしてくれた。僕らが、自分たちだけで出歩きたい、と言わなければ、片時も欠かさず僕らの世話をするつもりでいたようだ。そして、僕らにお金を使わせようとしなかった。たしかに彼が日本に来たとき、僕は彼がお金をできるだけ使わなくてすむように気を使ったつもりだ。しかしそれはバングラデシュの人が日本に来たからそうするのであって、逆の場合にそのような気を使う必要はまったくない。おまけに、彼は美しいコーヒーカップのセットと皿のセットをおみやげとして買い与えてくれた。そうとうに高価なもののはずで、こちらは恐縮するばかりであった。
 世界ウルルン紀行という番組がある。その中では、(たいてい無名の)タレントが、外国のある家族のもとに滞在し、何かの作り方を覚えるとか何かのやり方を覚えるかする。そして滞在期間が終わりその家庭を後にするとき、たいてい涙を流して別れを惜しむ。ウルルンという番組の名前はそこから来ている。その涙の、おそらく半分は演出なのだろうが、残りの半分は本当の涙なのだろうと思う。番組の中での滞在先は、ほとんどの場合発展途上国で、先進国なら田舎である。そのような場所では、ドライな日本の都会に比べ人と人の距離がうんと近い。都会での遠さに慣れた人間にとっては、その近さがたまらないのだ。
 家へ食事に招くのも、みやげものを買って持たせるのも、その国の習慣の一部ではあるのかもしれない。けれども彼らはそれを通じてはっきり心を表現し、人との距離を詰めてしまう。
 最後の日、Podderは早朝からの講義をすませ、すぐに大学のクルマでホテルにきて支払いをし、それからいっしょに空港まできて僕らを見送ってくれた。今度バングラデシュに来るときは、二週間ぐらいは滞在して大学で連続の講義をし、南東にある美しいビーチの町Cox Bazarを訪れる。クルマの中では僕らはそんな話しをしていた。
 空港の建物の中にはチケットを持っている人以外は入れない。彼は、チェックインが無事すんだらガラス窓のところにきて合図をしてくれ、そうしたら安心して戻ることができる、と僕らに言った。
 僕は人との距離を保とうとする性格だと思う。人の親切など普段は期待していないタイプだ。それだけに、彼の親切はたまらなかった。