ダッカの街

 ダッカの街は外国人にとって非常にてごわい。案内板の類が見あたらないし、なにより英語が通じない。ダッカの街での主な交通手段は60万台ほどあるといわれるリキシャ(自転車プラス人力車の座席)だが、そのドライバーたちはまず間違いなく英語が通じない(そうだ)。行き先だけなら地名だけを告げるとか、地図を見せるとかすれば伝わるかもしれないが、メーターで走るわけではなく料金は交渉できまるので、やはり言葉が通じないと困る。(ガイドブックによれば、いちおう初乗り5Tk=約13円、1kmごとに3Tkという目安はあるらしいが)それに、インドもそうなのだが、地名を言ったり地図を見せたりしても正しくそこに連れていってくれる保障はまったくない。ドライバーが地理に詳しいとは限らないのだ。となると、ますます言葉が通じないリキシャに乗るのは難しくなる。
 バングラデシュでは小学校から英語の授業があるという。英語がまったく話せない人は、小学校さえ行っていない可能性が高い。識字率は4割程度であり、多少なりとも英語がわかる割合はそれ以下ということになるだろう。インドではオートリキシャの運転手もほぼ間違いなく英語を話す。これは全般的な教育水準の差もあるだろうが、インドが多言語国家であり、意思の疎通に共通の言語である英語を必要とする、という事情にもよるだろう。バングラデシュでは言語はBangali(ベンガル語)ひとつだけだから、たいていの人にとって英語は必要ないといえば必要ない。それでも、商店の人は少しなら英語が通じるケースが多かった。旧市街で道に迷ってうろうろしていたら、中・高生ぐらいの少年が上手な英語で説明しつつ案内してくれた、ということもあった。(それにしても、旧市街はほんと迷路みたいだった)
 ただ、ダッカの街で何が困るって、自動車の排気ガス以上に困るものはない。大きな道路の空気は排気ガスでもやがかかったようになっている。三日目ぐらいからカゼをひいたときのように喉が痛くなった。きたない話だが、鼻をかむとティッシュが黒くなる。さらにきたない話だが、目やにが浅黒くなる。(鼻はまだしも、目から黒い目やにが出るというのはかなり気分が悪い)当たり前と言えば当たり前だが、現地の人はたいてい排気ガスなど平気である。前のクルマがどんなにすごい排気ガスを吐き出していても、自動車の窓を閉めようという気は起こさない。リキシャのドライバーは、もちろんその排気ガスの中で人を乗せペダルをこいでいるし、大きな交差点の真ん中では警察官が交通整理をしている。(信号はあってもたいてい動作しておらず、混雑する時・ところでは人間が交通整理をする)
 自動車の数は多いといえば多いのだが、名古屋に比べればはるかに少ないと思うし、インドの都市(チェンナイやムンバイ)と比べてもずっと少ない。インドではリキシャはオートバイで引っ張るオートリキシャがほとんどだが、ダッカは自転車である。にもかかわらず大気汚染がインドよりひどいのは、走っているクルマがよりひどいためだろう。もしかしたら、使っているガソリンや軽油の質も相当に悪いのかもしれない。
 喉の痛みは帰りの飛行機に乗ってバンコクに着いたころにはもう消えた。こんど長く滞在するときには、BUETのキャンパス内にできるだけいたほうが体にはよさそうだ。
 体に悪いと言えば、蚊もどうやらよくないらしい。バングラデシュの12月は乾期で雨もほとんど降らず、気温も日本の初夏ぐらいだから蚊はいないだろう、と何となく思っていたらこれが大間違いで、町中どこでも蚊が飛んでいた。空港で会った日本人学校の校長先生の話では、学校の職員の一人が蚊によって伝染するてんぐ熱にかかり、日本に戻って治療を受けたことがあるという。入国審査の数メートル前で、蚊には気をつけた方がいいですよ、というアドバイスをいただいた。ガイドブックがないとこういうことも前もってわからないもんで、蚊とり線香を持っていきそこねてしまった。ところがホテルの部屋にはちゃんと蚊が住み着いていて、寝ている間にボコボコにさされてしまった。たまらず蚊とり線香を買ってつけて寝たのだが、これが何のことはない、単なる線香で、人間はけぶい思いをし、排気ガスであれた喉でゲホゲホせきこんでいるのに、蚊は前の晩同様元気いっぱい飛び回ってやっぱりボコボコに僕らをさしてくれた。(これが、バングラデシュです)