「われわれは51%である」

 2013年に行われた参議院選挙では自民党以外の主要政党は原発をゼロにする政策を掲げた(日本維新の会は党内の意見の不一致のため不明確であったが)。また、民主党を離党した議員が中心となった「みどりの風」、市民運動との連携が強い「緑の党」が前年に新しく作られ、脱原発を主な政策として選挙戦を戦った。2011年3月の震災および福島原発事故以降、原発継続の是非は大きな争点であり続けていたし、この時点では世論調査で脱原発を支持する意見がおよそ7割を占めていた。しかし、選挙の結果は自民党の圧勝で、反原発派は惨敗した。
 みどりの風は少数ながら参議院に議席を持っていたが、緑の党は議席はなく、まったくの新参だった。自民党以外すべての主要政党が脱原発を掲げているなか、あえて脱原発を主要な政策課題として新しい政党を参議院に作ろうとしたのはなぜだろうか。たしかに、民主党や日本維新の会は、党内で原発に関する意見が割れていたし、脱原発の方針が変節していく可能性が十分にあった。しかし共産党や社民党やみどりの風の脱原発は揺らぐことはないと考えられた。その状態で、反原発政党がもうひとつ増えれば、脱原発支持者の票が分散して、選挙戦ではむしろ原発推進候補がより有利になると予想できたし、事実結果はそうなった。(緑の党が"善戦"し無視できない票を集めただけに、よけいにそうなった)しかしもちろん、緑の党の人々は原発推進派を利することを目的に選挙に打って出たわけではない。彼らは、選挙に勝つつもりでいたはずである。
 2014年2月に東京都知事選が行われた。前職の猪瀬直樹が、2012年の都知事選の際に医療法人徳洲会から多額の現金を受け取っていたことが問題となり、猪瀬は混乱の責任を取って任期途中で辞任して、この選挙が行われることになった。自民党推薦の舛添要一(元厚生大臣)と日本弁護士連合会前会長の宇都宮健児が有力候補と目されていたが、その後、元総理大臣の細川護煕が、同じく元総理の小泉純一郎の支持を得て出馬した。もともと宇都宮は脱原発をうったえていたが、細川-小泉連合が脱原発をほとんど唯一の政策として掲げて出馬したために、原発問題が知事選の大きな争点になった。しかし結果は、原発問題をほぼ避けて通った舛添が圧勝し、二位の宇都宮、三位の細川の票を合わせても、舛添には及ばなかった。
 選挙戦の終盤、新聞各紙の情勢調査で舛添の優勢が伝えられると、小泉は次のように語ったという。
「どうしてあんな調査結果になるんだ。(自分の演説に)あれだけ集まって反応しているのにおかしいじゃないか」(朝日新聞、2014年2月10日朝刊)
そして、選挙結果が明らかになった直後、細川はこのように語っている。
「街頭での熱気と選挙結果の落差が大きい。努力不足を痛感した」(同上)
 都知事選のしばらく後に出版された世界の4月号には、「『脱原発は負けた』のか」と題された座談会録が掲載されている。座談会のメンバーは翻訳家の池田香代子、ピースボート代表の吉岡達也、東京外語大の西谷修である。このうち吉岡達也は脱原発が負けた理由をある程度議論しようとしているが、他の二人はそのような意識はないようで、脱原発の意義を強調しつつ安倍政権の批判に終始している。選挙には負けても、脱原発は正しいし、自民党政権は間違っている。この座談会が主張したいのは、要するにそういうことであるように感じられる。しかし、選挙の敗因を議論しようとしないということは、どのようにすれば選挙に勝てるかを考えようとしないということだ。この座談会メンバーにとっては、自分たちの主張が正しいことこそが重要なのであって、選挙に勝つか負けるかはさほど重要ではない、とさえ感じられる。
 脱原発を実現するには国の政策を変える必要があるし、そのためには選挙で脱原発派が勝つ必要があるはずだ。しかし、脱原発派は世論調査では多数を占めても、選挙では負け続けている。どこかで、何かがずれているのだ。そしてそのずれの一端は、上で紹介した選挙の成り行きや関係者の発言に現れている。ただ、そのずれは単純な構造のずれではなく、それだけに取り除くのは容易ではないのだと思う。
 以下では、そのずれについて考えていきたい。

A
 一見無関係なようだが、ノルウェーの作家イプセンの戯曲「民衆の敵」から議論を始めたい。(以下、引用は岩波文庫の竹山道雄訳)舞台はノルウェーの小さな町。その町には温泉施設があり、保養客が訪れて町の主要な産業になっている。しかし、泉源近くの沼の汚水が湯の導管に流れ込み、温泉が有害な微生物によって汚染されていることを、主人公の医師が見つける。(その沼の汚水は近くの鞣革工場からでているらしい)その汚染を除くためには、導管を設置しなおさなければならない。それには多額の費用が必要であり、町も出費を迫られる。また長期間にわたって温泉を閉じなければならず、その間に他の地区に顧客を奪われる恐れもある。医師は、町民に汚染を知らせ対策の必要性を訴えるために論文を書き、それを新聞に載せようとするが、医師の兄である町長がそれを止めさせる。記事の掲載を迫る医師に対して、新聞の印刷所主は
「新聞を支配するのは読者であります」
と言い、町民全体の利益を守るため掲載はできないと告げる。
 論文の発表を止められた医師は街の中で演説をする。その演説の矛先は、温泉の害毒ではなく、自分の意見を封じようとした社会に向かう
「真理と自由とのもっとも危険な敵は、−いいか、堅実な多数である! そうだ! この呪うべき、堅実なる、ぐうたらなる多数である」
「多数が正義を有することは断じてない」
医師は、「少数の真に精神的に高い人格者」の判断に多数は従うべきだと主張する。(当然、医師自身はその少数のひとりと位置づけられている)そして、日々の雑事に追われる人々を軽蔑する発言もする。それに対し、演説の聴衆は医師を「民衆の敵」だと宣言する。しかし医師は町から逃げることなく戦い続けることを決意し、最後にこう宣言する。
「最大の強者は、世界にただ独り立つ人間である」
 一人の科学者がある産業による環境破壊に気づき、それを告発しようとする。その産業から利益を得ている人々によって迫害されるが、信念を持って自分の主張を貫き通す。戯曲の最後では、医師は正義感にあふれたモラルヒーローとして描かれている、ように思える。
 ただ、医師がヒーローとみなされ得るのは、彼の温泉汚染に関する見解が正しい限りにおいてである。もしそれが間違っていて、温泉の毒性は健康被害をもたらすほどではなかったとしたら、彼は単に無意味に世間を騒がせただけということになる。では、温泉に関する医師の見解は絶対に正しいと言えるのだろうか。あるいは、彼は社会に対し訴えるに際して、本当に十分慎重にその結論を検討したと言えるのだろうか。医師は温泉の水を専門の化学者に分析してもらい、その有毒性を確信するのだが、科学は常に正しいわけではない。自然科学の現場にいる人間は、その不確かさをよく知っている。その化学者のレポートが有毒性を過大に評価してしまっている可能性はないのだろうか。また、有毒性がたしかだとしても、医師が考えた以外の対策はありえないのだろうか。より簡単で安上がりな対策がないのかどうか、もっと時間をかけて検討してもよかったのではないか。
 そして、彼の言動を現代の社会の価値観に照らして検討すると、もうひとつの疑問が生じる。上の引用からもわかるように、医師は自分自身を他の多数とは異なる特別な存在と位置づけ、多数をおろかな存在として否定している。その態度は、肯定されるべきなのだろうか。
 自分をヒーローだと思うことは好ましいことではない、とはいえないだろう。もし、そのようなヒーロー意識がなかったら、自分の意志を貫くことはできず、他の多数の意見に従ってしまっていたはずだ。自分は特別な存在だという意識があったからこそ、圧倒的多数が反対しても、自分は正しいと信じることができたのだ。
 だが、医師は「多数が正義を有することはない」と宣言した。つまり、自分は正しい認識を持つことができるが、多数は持つことができないと断定した。それは、多数を説得することを放棄したということだろう。しかし、温泉の問題の解決には多額の予算が必要で、町も出費を迫られるのであるなら、多数の町民の同意が必要になる。つまり、医師ひとりがいくら正しい主張をしていても、現実には問題は解決しないのだ。
 考えてみれば、民主主義は多数に正義があるという前提に立っている。選挙で多数の票を得た候補が議会の議員となり、そして議会における多数決によって政策が決定される。したがって、「多数が正義を有することはない」という宣言は、民主主義の原理を否定しているともいえる。
 つまり、民主主義の原理からすれば医師の考え方は間違っているし、民主主義の社会では、医師の戦い方では現実の問題を解決することはできない。
 そこにさらに一つ目の疑問点が接続する。絶対的に常に正しい存在というものを否定し、その代わり多数で合議して決めていくのが民主主義だといえるだろう。絶対的に正しい存在がいるなら、民主主義はいらないのかもしれない。しかし、ほとんどの場合、何が正解であるかは不確定であり、だからこそ私たちはできるだけ多くの人が納得できるようなプロセスを経て意思決定をしようとする。ところで、医師の温泉についての見解が正しいかどうかという点については疑問が残る。医師は絶対的に正しい存在とは言えないはずであり、そうであるなら民主主義的プロセスを否定すべきではないのではないだろうか。
 ヒーロー意識というのは、私たちにとって、案外厄介なものなのかもしれない。そして、イプセンもそれを完全には肯定していないのではないかと思わせる箇所がある。温泉の害を告発する論文を新聞に発表できると信じた医師は、新聞社のチーフとこんなやり取りをする。
医師「・・・そういうことの準備なぞいたされては、どうもはやまことに −」
新聞社「何のことをおっしゃるのです、それは?」
医師「いや、何かこう、− 炬火行列とか、宴会とか、あるひは表彰式とか −。とにかく、そういった種類のことは絶対に中止していただくように・・・」
つまり、医師は自分を褒めたたえる行事が計画されると勝手に思い込んでいるのだ。この箇所などは、医師のヒーロー意識をからかうような視線が感じられる。

 温泉という産業による環境破壊を告発するこの医師のイメージは、現代の社会において環境問題で企業や国と対峙する市民活動家の姿に重ねることができるだろう。とりわけ、福島原発の事故以前から反原発運動を続けてきた活動家とのあいだで共通点を見出すことができる。事実、amazonの読者書評(2014年)には、次のような一節がある。
「原発の件にしても、その危険性を察知し「原発反対」を唱えていた研究者の方たちは出世もできず、メディアからも締め出されてきたのです。そして反対に、誤った情報で悪戯に人々を混乱させる<民衆の敵>だと烙印を押されてきたのです。」
 たしかに、福島原発の事故以前においては、多数の人々は原発は安全だと信じていたのであり、原発の危険を信念を持って訴えていたのは、「民衆の敵」であったかどうかは別にして、まちがいなく圧倒的な少数であった。そして、原発から経済的な利益を得ていた人々は、原発の危険性を訴える声に対抗し、原発は安全だとさかんにPRしていた。「民衆の敵」に描かれた対立関係と同じ構図である。まさに、多数は正義を有していなかった、と言っていいだろう。
 そして、あの医師が持っていたのと同じようなヒーロー意識は、現代の市民運動の活動家も持っているのではないかと思う。たとえば、反原発運動のリーダーになることを考えてみる。それは非常に大きなエネルギーと勇気の要ることだ。たくさんの人と戦わなければいけないし、また多くの人を集めその先頭に立たなければいけない。そのためには強い使命感が必要なはずだが、その使命感の源は、他の誰かではなくこの自分がやらなければいけないという意識であるだろう。
 事実、市民運動の活動家には、少し変わった人が多いように思う。つまり、服装にしても行動パターンにしても、標準的なものからは外れていて、そしてその普通ではないことを自分で肯定しているように見える。もちろんそれとヒーロー意識はイコールではないが、自分は多数とは異なると意識している点において、根底でつながっているような気がする。
 また、日本の反原発運動のリーダーだった高木仁三郎にもヒーロー意識はあったのだろうと思う。死の直前、高木は「鳥たちの舞うとき」というフィクションを著している。ダム建設への反対運動を描いた小説なのだが、その主人公は明らかに高木自身がモデルになっている。自分自身が主人公(ヒーロー)になっている小説を書くということそれ自体が、高木のヒーロー意識の表れなのではないかと思う。(しかも、美女に惚れられる役だ)
 いずれにしても、そのようなヒーロー意識が反原発運動にエネルギーを与えているのだとしたら、そのヒーロー意識はこの社会において必要なものとして肯定されなければならない。
 しかし、自分を特別な存在と位置づける意識は、あの医師と同じように、多数を否定する意識につながり得る。少し極端な例になるが、たとえば次のような文章がある。
「オキュパイ運動やサウンド・デモに対して、政治評論家たちは、運動の戦略がないとか、対案となる具体的政策提言がないなどと非難の声を上げている。
 しかし、「占拠」は、金と権力を握る特権階級におって買収され形骸化した「選挙」というたぶらかしにたいする異議申し立てであるから、下手な対案など無用であり有害である。「具体的政策」などというものは、実は買収と裏工作と欺瞞の民主主義の構築物に過ぎない。」
(前田朗「デモ!オキュパイ!未来のための直接行動」三一書房編集部編、三一書房2012年)
オキュパイ運動については、次節で考えてみたい。この文章で注目すべきは、選挙がたぶらかしであるとして否定されている点だ。デモに行かず選挙にだけ行く圧倒的多数の人々は、"たぶらかされている"とみなされる。まさに、正義を有しない多数、である。
 この文章(そして引用元の本全体)においては、左翼・社会主義思想の影響も強く見て取ることができると思う。左翼思想では、一部の目覚めたエリートが一般大衆を導くというビジョンあるいは希望がある。そしてこの本の著者たちは、もちろん自分をそのエリートと位置づけている。
 いずれにしても、選挙をたぶらかしと言ってしまった時点で、もはや選挙で多数を獲得する戦略など生まれる余地はなくなる。多数はたぶらかされており正義を有しないのだと断じてしまえば、多数を組織し多数の同意を得る道は閉ざされてしまう。
 このように多数を尊重しない思想あるいは感性は、上で述べたように非民主的といえる。国でもいいし、職場のようなひとつの組織でもいい、その中で構成員の先頭に立って権力側と戦ったリーダーが、実は非民主的な感性の持ち主で、ひとたび自らが権力を持つと独裁的なリーダーになってしまう、ということが往々にしてあるように思う。自分の意見は正しいかもしれないし間違っているかもしれない(だから人と話し合って決めよう)、と思っているようは人は、強いリーダーにはなれないのだろう。逆に、強いリーダーになれる人は、自分の正しさに絶対の自信を持ち、時に多数の意向を無視してしまう。
 そこまではっきり多数を否定する思想を持っていないとしても、自分自身を特別な存在であると位置づけている活動家たちの中は、多数の人々の考え方、感じ方をうまく把握できないし、また把握しようという気もあまりない人がいるように思う。多数の方が自分に合わせるべきなのであってその逆ではない、と考えている。そのような活動家たちが選挙を戦うことになったら、第一に考慮するのは自分の主張の正しさ、あるいは自分の正義であって、多数の有権者の意識ではない。正しい主張をすることは選挙の勝ち負け以上に大切なのであり、だから選挙に負けても自分の主張は正しかったと確認して選挙戦を正当化することになる。それに対し、保守派の政治家たちは、時に露骨に人気取りの政策や行動をとる。人気取り、とは多数派の価値観に合わせることにほかならない。どうやったら多数に気に入られるか常に知恵を絞っている集団に、多数の意識を考えてみようともしない集団が選挙で挑んでも、勝ち目は薄いだろう。選挙には実際たぶらかしの要素があるのも事実で、ある程度たぶらかさないと勝つのは難しいのが現実かもしれない。


B
 東日本大震災および福島原発事故と同じ年の秋に、アメリカでウォール街占拠運動(オキュパイ運動)が起こった。サブプライムローン問題からリーマンショックにいたる金融危機の中で、多くの人々は家や職を失った。しかし、破綻したはずの金融機関は政府の保護によって生き延び、金融危機を引き起こした張本人たちは依然として大きな利益を手にしている。そのことに不満を持った人々が、ウォール街にある公園を占拠した。行動で意見を表明すると言う点ではデモ行進の一種とも言えるが、普通のデモが一時的に通り過ぎるだけなのに対し、占拠運動は一箇所に長期間とどまり続け、メッセージを発し続けた。そしてそのメッセージの中核をなすキャッチフレーズが「われわれは99%である」だった。
 1%の人間が、残りの99%を犠牲にして、富を独占している。その1%とは、たとえばウォール街に会社を構える金融機関のトップである。彼らは、金融商品を操ってばく大な利益を上げ、金融危機がおとずれても政府に救済してもらえる。残りの99%は、彼らに利益を吸い上げられ、金融危機になれば損失を押し付けられる。大企業は労働者の賃金を安く抑え、環境を破壊して人々の生活の基盤を奪い、政治に影響力を及ぼして利益追求に対する規制を阻止している。現在の資本主義経済は、このように少数が富を独占するようなシステムになっており、そのシステムを作り変えなければならない。
 このような主張には妥当性はあると思う。しかし、「われわれは99%である」というキャッチフレーズはどうだろう。アメリカという国では、選挙をすれば約半数の人が共和党に投票する。大統領選挙も、議員の選挙も、共和党と民主党は勝ったり負けたりを繰り返している。そして共和党は、現在の資本主義の経済システムを肯定し、それをさらに金持ちにとって有利になるように変えようとしている政党である。その政党に投票するということは、資本主義のシステムから利益を得ており、金持ち優遇政策によってさらに利益が大きくなると考えているということだ。したがって、アメリカ人の約半数をしめるそのような人々は、ウォール街占拠の人々にとって「われわれ」ではありえない。つまり、計算上、「われわれ」は99%もいないのである。
 実際、世論調査の結果は、「われわれ」が99%もいないことを示している。占拠運動が活性化していた2011年10月に「タイム」誌が行った世論調査では、54%がウォール街占拠運動に賛同していたという。(「99%の反乱ウォール街占拠運動のとらえ方」序章「Yes! Magazine」編集部著、山形浩生、他訳、バジリコ、2012年)もちろん、この54%という数字は小さくはない。同じ調査で、ティーパーティーの主張に賛同する割合はちょうど半分の27%であったという。つまり、ウォール街占拠運動は、実際に多数の支持を得ていたと言える。しかし、それでも99%ではない、むしろ「半分強」とでもいうべきなのだ。
 これは、「われわれ」の定義の問題である。あのキャッチフレーズは、厳密な定義に基づいていたわけではない。そして実際は、ウォール街を占拠していた人々はかなり多様であり、その多様な人々がそれぞれ「われわれ」という言い方をしていた。たとえば、占拠の中心地はズコッティ公園という東西100m南北30m程度の広さの民営公園だったが、その東半分と西半分では驚くほど様相が違っていたという。東側は現在の経済システムの改革を望む中産階級、西側は資本主義の完全な撤廃つまり革命を目指す労働者階級が占めていた。また、西側の一角には「生命の樹」と呼ばれる樹木があり、その周りには祭壇が作られ、祈祷や瞑想が行われていた。さらに、そして西側には薬物の使用者もいたという。(「ウォール街を占拠せよ はじまりの物語」ライターズフォーザ99%著、芦原昇一訳、大月書店、2012)
 革命を目指すことや祈祷をすることの当否をここで議論しようとは思わない。ただ、それが社会の中の圧倒的多数によって行われていることだとは思えない。そして、そのような人々を含み、なおかつ社会の99%をしめる「われわれ」を定義するのはほとんど不可能であったように思える。
 もっとも、占拠運動がそれだけ多様な価値観を受け入れており、だからこそ多数を包括して「99%」を名乗るのだという論理もありえないわけではない。しかし、革命を目指し祈祷を行う人々が、社会の中の多数に向かって、あなた方は私たちの仲間だと一方的に宣言しても、多数の側はそれを受け入れはしないだろう。「われわれ」の定義を広げていけば、「われわれ」の範囲はいくらでも広がる。しかし、その結果として「われわれ」に含められた人々が、「われわれ」の他の人達に対し、自分たちはあの人達とは違うと思い始めれば、「われわれ」は実態として分解してしまい、意味のない概念になってしまう。
 このように、客観的に見れば、占拠運動の「われわれ」はけっして99%ではなかった。それにもかわらず、なぜ「われわれは99%である」というフレーズが出てきたのだろうか。
 たとえば次のような文章がある。
「(ウォール街占拠)運動は民衆の政治的力を解き放ち、誰もが新しい世界の創造に参加できるように分け隔てなく招き入れた」
「何十万もの人々が講義と選挙に参加し、何百万もの人々が占拠を支え、何千万を超える人々が彼らの問題提起を支持した」
「この先何が起ころうと、ウォール街占拠はすべてを変えてしまう何かを成し遂げている」
これは、「99%の反乱ウォール街占拠運動のとらえ方」と言う本の序章にある文章である。ここでは、自分たちの主張が、ほとんどすべて(つまり99%)の人々の同意を得て、その結果社会を根本的に変えようとしている、という認識が述べられている。
 訳者の山形浩生は、この本を"ウォール街占拠の絶頂期に緊急出版された、ある意味で檄文集"と形容している。たしかにこれらの文章は、客観的な事実を述べていると言うより、運動を盛り上げる意図を持って書かれたとみなしてよいだろう。そして、運動を盛り上げるという目的にとって、「われわれは99%である」というキャッチフレーズは絶好だった。われわれは99%である、99%が声を上げれば社会は変わる、よってわれわれは社会を変えることができる。やっても無駄だと言われればデモンストレーションの勢いはそがれるが、このようにすべてを変えることができると言われれば、参加者は強くはげまされる。
 賢い誰かが、そのような効果を計算し、不正確であることは承知の上で「われわれは99%」というフレーズを考えた、と想像してみることはできるだろう。あるいは、ある程度の誇張は、アジテーションには典型的なものだということもできるだろう。
 しかし、先に引用した文章を書いた人は、本当にそう信じていたのかもしれない。そしてウォール街を占拠していた人々は、むしろまちがいなく、自分たちが99%であると本当に信じていたのではないか。
 実際にデモ行進に参加すると、たとえ集まった人数が数百人であったとしても(これはデモとしては小さい数字ではない)、自分たちが大きな勢力であるように感じる。これは、多くの人々が集まって同じ行動をとり同じ言葉を口にすることによってもたらされる、心理的な効果と考えていいだろう。競技場でのスポーツ観戦で感じるような、周りの人々との一体感がもたらす高揚感、あるいは全能感。群集心理という言葉を使ってもいいのかもしれない。ましてウォール街占拠運動は千人単位の人が集まったのだ。そこにいる人たちが、自分たちを圧倒的多数の勢力だと感じても不思議はない。

 福島原発事故以降の反原発運動とウォール街占拠運動とのあいだには類似性あるいは関連性が指摘されている。まずどちらも2011年に起こっている。直接的なつながり、たとえば同一の組織が係わっているということはないが、多くの人々の異議申し立てという点では共通している。また、反原発運動でも、毎週金曜日に行われた首相官邸前行動のように、占拠型の運動が多く行われた。この首相官邸前行動は、ウォール街のようにある場所を長期間占拠し続けるわけではないが、従来の行進をするデモとは異なり、抗議運動中に移動はしない。官邸近くの人々はスピーカーを使い官邸に向けてメッセージを発していたが、歩道に沿ってできた長い行列の後方になると、もはや官邸は見えず、もちろん官邸に声が届くこともない。しかし人々はそこに立って長い行列を存在させることで意思表示をしていた。このような意思表示の仕方は、占拠運動と共通していると言えるだろう。
 また小熊英二氏は、参加者が特定の組織によって動員されたのではなく、自由に参加している点を、ウォール街占拠運動との類似点としてあげている。(「原発を止める人々−3・11から官邸前まで」小熊英二編著、文芸春秋、2013年)以前の抗議行動では政党や労働組合などによって動員された人々が中心だったのに対し、ウォール街占拠も震災以降の反原発運動も、そのような団体や組織とは無関係な人々が中心となっている。
 小熊氏はさらに、そのことが自分たちは多数派であるという意識を生んでいると分析している。今は政党や組合に属す人々は少数派になっており、そのような組織に属さない方が多数派であるという意識を持つことができる。自分たちを、いわばふつうの人と位置づけているから、「われわれは99%である」というスローガンも生まれた、ということだろう。
 ところで、政党や組合などによる運動では、人々は組織からの指示を受け運動に動員される。したがって、人々はもちろん趣旨に賛同して参加するのだが、ある程度の義務感も伴って参加することになるだろう。それに対し、組織とは無関係の運動では、人々は完全な自由意志で参加する。他からの指示や強制で参加するよりも自主的に参加する方が、運動に気持ちはこもるあろうし、高揚感も生まれやすいだろう。
 また、組織に動員されて参加する人は、同様な動員をいくども経験している場合が多い。つまり、同様な活動にすでになれている。一方、震災以降の反原発運動では、それまでデモ行進などに参加したことのない人が多数参加した。そのような運動の経験のあまりない人は、すでに経験をつみなれた人よりも、強く高揚感を感じるだろう。
 こうして生まれた強い高揚感が、自分たちの力を強く感じさせ、ウォール街では「われわれは99%である」という言葉を生んだ、と考えることができないだろうか。
 そのような人々の心理状態を表す象徴的なエピソードがある。2011年の夏に大阪で「ナツダツゲンパツ」というイベントが行われた。そのチラシを見ると、トーク、対談の後、バンドのライブがあり、その後でデモを行っている。そのデモは「サウンドデモ」と呼ばれる形式のデモで、DJが盛り上げ、スピーカーから音楽を流して人々は踊りながらデモ行進をする。
 この大阪でのサウンドデモでは、楽曲のひとつとして「君が代」が流された。これは、従来のデモではまったく考えられない事態であった。デモを組織する主体である政党、労働組合、そして市民団体は、左翼的な思想信条(と心情)を持っており、当然ながら、日の丸と「君が代」はセットにして反対すべき対象だった。しかし、日本人全体で見れば、「君が代」に拒否反応を示さない人のほうが多数派である。そしてこのデモには、小熊氏の言うように、(「君が代」を拒否するような)少数派の組織に属さない人々が数多く参加していたと考えることができる。
 ただ、それにしても、なぜ「君が代」だったのだろう。「君が代」の歌詞はもちろん反原発とは何の関係もないし、またその曲調はデモ「行進」を盛り上げるのに効果的だとは思えない。
 街中で右翼の街宣車が「君が代」が大音量で流すことがある。そして、震災後は右翼も反原発デモに参加した。もともと、美しい日本の国土を守るべきというのは右翼の主要な主張のひとつであり、したがって右翼が環境保護を訴えることはある。原発事故による放射能汚染はまさに美しい国土の破壊であり、当然、右翼にとって許しがたい。しかし、大阪でのイベントのビラや、「原発を止める人々−3・11から官邸前まで」に寄せているイベントの企画者の文章からは、右翼的な要素はうかがえない。
 おそらく、あのときの「君が代」は、競技場でのナショナルチームによる試合の観戦から発想されたのであろう。ナショナルチームの競技者は日本人の代表として競技を戦うのだが、「国歌」の演奏は、日本あるいは日本人全体が日本チームを応援しているような演出効果を持つ。そして、競技者と一緒に「国歌」を歌うことで観客も競技者と心理的に同化し、日本人を代表しているような感覚を持つ。こうして、いわば「われわれは日本人すべてである」とでもいうような意識が、「国歌」を歌うことで得られる。
 サウンドデモで「君が代」を流した人、そしてそれがデモにふさわしいと感じた参加者は、このような「君が代」の持つ一体感の演出効果を期待し、歓迎したのであろう。そうであるなら、その心理は、「われわれは99%である」というスローガンを叫んだ人々の心理と共通していると考えられる。
 「君が代」をデモで流すことの是非は別にして、社会運動に参加する人々が、しかも長期間にわたって、自分たちは絶対的な多数派であるという意識を持つことは、その運動にとってはもちろん望ましくないことではない。しかし、選挙においては、そのことが戦略を誤らせたということはないだろうか。
 初めに紹介したように、東京都知事選での惨敗の後、細川、小泉両氏は、集会での盛り上がりと投票結果の落差に落胆している。つまり、集会において両氏は選挙に勝てると感じていたわけだが、その心理は、まさにこれまで考察してきた「われわれは99%である」という心理だったのではないか。もし自力で十分勝てると信じ込んでしまえば、他候補との協力に積極的になることはありえない。よって結果的には、「われわれは99%である」という意識から生まれる強気が、もう一人の反原発候補である宇都宮氏との選挙協力をむずかしくしたと言えるのではないか。
 同じことが、参議院選での緑の党の選挙戦にも言えるだろう。緑の党を支えた人達は、デモや集会を積極的に行ってきた人達だ。そのデモや集会で大いに盛り上がり、自分たちが絶対的な多数派だという意識を持ったから、あえて反原発政党をもうひとつ選挙戦に参戦させるという判断をしたのではないだろうか。
 そうであるなら、自分たちは絶対的な多数派であるという意識は、選挙において反原発派の分裂を招き、結果として脱原発を妨げる働きをしたことになる。


C
 前述のサウンドデモを運営した人の一人は、デモで「君が代」が流れたことを批判されて、動揺し苛立ったという。(得農洋平、「原発を止める人々−3・11から官邸前まで」に掲載)ただ、その苛立ちが生じているのは、「君が代」に反対する思想信条を理解できないからではなく、デモを主催する側が参加者の行動すべてをコントロールすべきであるという前提そのものに反発しているためであるようだ。そしてそのもとには、反原発デモには多様な価値観、さまざまな思想信条を持った人が集まっているという認識があると考えられる。(このときのことを述べた文章には、「デモは誰のものでもなくただの「出来事」であってほしい」という印象的なタイトルがつけられている)
 福島原発事故によって反原発派は一気に多数派になったが、それはつまり、事故以前からの反原発派とは思想信条が異なる人々が新たに反原発派になったということである。したがって、現在の反原発派は多様である。吉岡氏は、反原発派のなかでも、たとえば軍事利用をどう考えるか、脱原発の時期スピードをどうするか、海外の原発をどう考えるか、地球温暖化問題をどう考えるか、といった論点において意見は様々に異なっていることを指摘している。(吉岡斉「脱原子力国家への道」岩波書店、2012年)
 吉岡氏が指摘したのは、核・原子力および環境エネルギー問題に関する意見の相違だが、反原発派内部の意見の相違はそれだけにとどまらず、社会、経済のあらゆる面に及んでいるはずである。当然、日の丸「君が代」問題、あるいは天皇制についての見解も異なっているだろう。先述のサウンドデモにおける「君が代」演奏の件は、そのような見解の多様性がおもてに現れた典型的な出来事だといえる。
 反原発デモや首相官邸前行動では、シングルイシューかマルチイシューかで意見の対立があったという。つまり、反原発あるいは原発再稼動反対の一点だけに主張を絞るべきという意見と、食品の放射能汚染、がれき処理、汚染地域からの避難などの問題もあわせて扱うべきという意見があったという。(「デモオキュパイ」あとがき)
 新しく生まれた反原発派の多様性を意識する人たちは、シングルイシューの方針をより好ましいと考えたはずである。活動に他の問題を持ち込めば持ち込むほど、人々の間に意見の対立が生まれ、参加者は少なくなっていくと予想される。たとえば、反原発に加え天皇制反対や資本主義反対という主張を前面に出した活動を企画しても、その主張に同意できない人は参加しないから、きわめて少数の人々だけの活動にしかならない。それに対し、反原発という一点で意見が一致できるなら他にどのような思想信条を持っていっても問題にしないという方針ならば、反原発は絶対的な多数派なのだから、多くの人を動員することができるだろう。「君が代」が流れたデモの企画者もそのような考えの持ち主だったと推測される。
 あるいは、企画者本人も、「君が代」について明確な賛否の考えを持っていなかった可能性もある。他の問題、たとえばガレキを被災地の外で処分すべきか否か、福島県産の農作物を積極的に食べるべきか否か、といった問題に対しても、明確に賛と否の意見を持っている人だけでなく、どちらとも意見を決めかねている人もいたであろう。現実には、そのようは人が一番の多数派であったかもしれない。
 それに対し、反原発運動をマルチイシューにしようとする人々は、それら多くの問題についてはっきりとした答えを持っていると自認しているはずである。だからこそ、他のイシューについても自らの考える正義を実現したいと考え、そのための活動をしようとするのだ。特定の政党、団体に属している人は、その組織の方針を自らの見解として持つことで、ひとそろいの答えを持つことになる。また、Aで述べたような活動家たちも、自分を特別な存在と位置づけているから、自分は多様な問題について正解を持っていると信じているだろう。先述の「君が代」の件で、企画者を批判したのもこのような人々であったと推測される。
 たとえば「君が代」に反感を持つことを活動への参加の条件とするなら、参加者は必ず減る。しかし、従来の活動家たちは、Aで述べたように、少数派であることをいとわないし、現にこれまでずっと少数派として活動してきた。多数派にあわせるのではなく、自らが正しいと信じる理念を守るべきと考えているから、彼らにとって間違った思想を持っている人はむしろ排除した方がよいと考えるだろう。
 シングルイシューかマルチイシューかという対立は、Aで取り上げた人々と、Bで考察した人々とのあいだの異質さが表面化したものと考えることができるだろう。そのどちらが正しいか、あるいは反原発という目的の達成にとって望ましいかをここで議論しようとは思わないし、議論したとしても、どちらと決めることは不可能であろうと思う。
 ただ、選挙は必ずマルチイシューになる。いくら反原発候補の看板を掲げていても、ひとたび議員になれば、すべての政策課題で判断を迫られる。選挙においても、原発問題以外の問題についても公約を掲げることが当然必要になる。しかし、反原発という一点では意見が一致している人々も、その他の点では必ずしも一致できない。そして、反原発の考えを持っていても、他の政策課題を重視した結果、原発推進の候補(あるいは反原発の主張がより弱い候補)に投票する人も出てくるだろう。
 そしてまた反原発候補たちも、他のイシューをめぐり反発し合い、分裂選挙を戦うことになる。都知事選では、宇都宮候補と細川候補のあいだには経済政策に違いがあった。宇都宮候補はより左翼的な立場に立ち、一方の細川候補は自民党の総理大臣であった小泉の支援を受けていた。参議院選挙でも、ほとんどの政党は脱原発を掲げたが、原発政策以外の点ではそれぞれ異なる公約を掲げ、その結果票が割れて、脱原発を本気で進める気がないことが明白だった自民党に敗れた。
 まとめると以下のようになるだろう。シングルイシューで活動し自分たちが絶対多数と信じている人々がいて、他方で選挙はマルチイシューにならざるを得ず、マルチイシューになった途端多数派は分裂してしまうという現実がある。そして、分裂し少数派になることをいとわない従来からの活動家たちがいる。この状況では、反原発派が選挙に勝つことは不可能である。
 ではどうすればいいのか。
 反原発派に必要なのは、ある種の謙虚さであると思う。そこで、「われわれは99%である」というスローガンに代えて、「われわれは51%である」というスローガンを提案したい。
 まず、自分たちが絶対多数であるという意識(あるいは驕り)を捨てるべきである。集会などで感じる一体感は一時的な幻想であって、他のイシューが持ち込まれた途端に反原発派は容易に分裂し、「われわれ」の範囲は縮小してしまう。「51%」とは、少しでも分裂すればもはや多数派ではなくなるという意味だ。それを認識せずに選挙に打って出ても、当選はしないどころか、反原発派の票を割ることで、結果的に原発推進派を利することになる。
 その一方で、自分たちは選ばれた少数のエリートであり少数派である、あるいは少数派でもかまわないという意識も捨てるべきである。原発を止めるためには、反原発派はなんとしても多数派にならなければいけない。しかし反原発派の思想信条は実は多様である。そうであるなら、分裂を避けるために、自分の主張を抑え妥協をしなければならない。そのためには、自分は特別な存在であるという意識は消す必要がある。「われわれは51%である」という言葉には、自分は多数(50%以上)の中の一人にすぎないと意識すべきだという意味が含まれている。
 反原発派はけっして強い存在ではない。そのことを認めることは心理的に反原発運動の気勢をそぐことになるのかも知れず、それが運動に与えるマイナス効果も無視できないのかもしれない。反原発運動には精神的なエネルギーが必要であり、気持ちの盛り上がりがなければ、続けることはより困難になるだろう。ただ、今までのように強がるばかりでは、これまでのように選挙に負け続け、いつまでたっても脱原発に必要な政策変更や立法には至らないのではないだろうか。
 選挙で分裂するぐらいなら、候補を立てることをあきらめる。代わりに、他の候補の政策に影響を与えることを狙う方がいいのではないか。たとえば、選挙での支援を約束する代わりに反原発を公約として掲げさせる。そのようなやり方でも、たとえば(印象のよいたとえではないが)創価学会が自民党政権に対しある程度の影響力を有しているように、反原発派が大きな政党に対し影響力を持つことは可能であろうと思う。
 このような考え方は、悲観的すぎるだろうか。だが、本当に反原発派が「51%」にふさわしい影響力を持つことができたら、それは原子力政策の転換につながるのだから、真に画期的なことである。その一方で、「51%」の力を現実に持つことは、それを達成する具体的な方策が思いつかないほど困難な目標でもあり、その意味で、それが可能だと考えることはむしろ楽観的ともいえるだろう。だから、「われわれは51%である」は、希望の言葉だと思う。


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